煌めく光の中で


by fusk-en25
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またまた同じようなものを作っているとは思いながら。
友達の3歳の孫が日本から遊びに来ていて。
その子にあげればいいと言い訳してぬいぐるみの小さなお猿を作った。

形は二番煎じで。
以前はエプロンのポケットに入るお猿だったが。
今回は小さなポシェットを作って入れた。
ついでに遊び気分で、着せ替えもできるように
パンツとサロペットを縫って。小さな上着もこしらえた。
上着とパンツはリバティの端切れで縫って。
パンツもゴムを入れて脱がせることができる。
「脱がせたら、スッポンポンになりますよ」と3歳のCちゃんは言うのだが。。。

縫いぐるみの材料は端っこが傷んで使えにくくなったカシミヤのマフラーをちょん切って。
顔も昔のセータを熱い湯で洗ってフェルト化して使った。
一番遊んだのは私だなと思いながら、これでも一応リサイクルにはなったかと。
またまた言い訳もしている。


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# by fusk-en25 | 2016-08-22 07:22 | 手仕事 | Comments(10)
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パン捏ね機を買ったのは、
15年ぐらい前。友人から借りていた餅つき機が潰れて、
急場凌ぎのつもりで、しょっちゅう使う物でもないから。一番安かった機械を買った。
もともと餅つき機の餅を搗く時も機械では蒸しが足らなくて、肌合いがキレイでなかったから、
あらかじめ蒸篭でもち米を蒸して搗いていた。
だったらパン捏ね機でも餅が作れるだろうと思ったのだが。
機械には色々なプログラムがあって、ただ捏ねるだけのバージョンがないのがちょっと不便だったが。
それも適当に?ごまかして「餅らしき物」は作れた。

一年にたった一回使うのも馬鹿らしいなあと何度かパンも焼いてみて、
最後まで機械で焼く食パンはあまり美味しくない。
色々試した結果、1次発酵までは機械でやり、後の成形と2次発酵はオーブンで膨らませ。
焼くのもオーブンにしたら結構美味しいパンが出来始め。
粉を変えたり、ひまわりの種やレーズン、胡桃、ローズマリー等の香辛料も入れて楽しみだした。

フランスパンの国で何もわざわざパンを焼かなくてもいいようだが。
フランスの食パンやバンズに向くようなパンは実はまずい。
20年ほど前から、
名前の通ったパン屋でない街の普通のパン屋はパンの味が落ちてきている。
それまでも手で捏ねて食パンやフォッカチャは焼いていた。
機械を使うと、イーストが半分の量で膨らむからパンに変なイースト臭さがなくなる。
結局近頃は週に2回ぐらいはパン捏ね機を使ってパンを焼くようになって。
材料にたっぷりとオリーブのバージンオイルを入れるから。
香りはいいし、慣れるにつれて友人たちの評判も良くなった。

今日は念願?の「じゃが芋パン」を再挑戦したのだが。
いつもより液体を少なめにして固めの生地をまず作り。
捏ね終わりの5分前にマッシュポテトを200gの半分方入れて様子をみたら
たったこれだけでももう生地が緩くなって、次の半分は仕方なく
取り出して混ぜたら、手にくっついてうまくまとまらない。
また今回も手に粉をつけてなんとか形にして焼いた。
マッシュポテトのツブツブというより大きな塊もゴロゴロしたパンになって、
形も不細工なパンにはなったが、まあ味は良かった。
うーん。次は捏ねないパンのバージョンにしようか。。
悔しがりながら、いつもの粉で作るレーズンパンをついでに焼いた。
こっちの方は形もしっかりキレイにできた。

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# by fusk-en25 | 2016-08-21 05:51 | ままごと | Comments(4)

コンポスト

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ベランダで生ゴミを再生するコンポストを使っている。
野菜くずや卵の殻などを入れて、間に活性剤を加えると 3週間ぐらいで水溶液の肥料が取れて、
残りの生ゴミは2ヶ月したら土に返せばいいというのだが。

5年ぐらい前の誕生日に息子がこの容器をくれて
全部の生ゴミをこれで解消するほどの大きさでもなく。
もらった物だから遊び程度に使ってみようかと。
春から夏にかけての時期に1度か2度は生ゴミを貯めてみる。
魚や肉類、柑橘の皮は入れないほうがいいらしく。
もっぱら野菜や果物、コーヒのかす、茶殻、卵の殻ぐらいしか入れないが、
2ヶ月もすればいっぱいになる。

今回も水溶液が出だしたのは2ヶ月を過ぎてからだった。
きつい臭いがあるのがちょっと難点だが溶液を10倍ぐらいに薄めれば。
植木鉢にまいても1日経つとほとんどその臭いも消える。
本当にこれで植物が成長するかどうかはよく分からないし。
間に入れる活性剤の値段から考えれば出来合いの有機肥料を買うのとほぼ変わらないのだが、
「私にもできることを何かしている」気分になれる。。だけの
言わば自己満足に過ぎないが、それもまあいいかとは思う。

昨日、今年初めて取れた?肥料を植木にやった。
さて芽が出たばかりのラディッシュにどれぐらいの効果があるだろうか?

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# by fusk-en25 | 2016-08-20 06:44 | 思う | Comments(4)

偲ぶ

母方の祖母は息子が生まれる10日前に亡くなった。
今年で44年。息子と同じ年だから数えやすい。

生まれてからずーっと祖母と一緒に暮らしていたと言うより。
祖母に育てられた。
私が生まれて3年目に父が死に、5年目に祖父が亡くなった。
祖母はもうシャカリキに張り切って私を育てたのだろう。
全部自分に責任があるつもりで、学校の授業参観も懇談会も祖母が来た。
若い母親たちの中に混じって並んでいるのを見ると、なんとなく場違いな人がいるようで
小さい頃の私は肩身の狭い思いもして ちょっと恥ずかしかった。

祖母はものを習うのが好きな性格で、
明治時代のことだから、電車もまだ通ってなくて
おそらく1時間以上はかかる道を村から歩いて女学校に通い。
それ以外に週に13の稽古事をしていたという。
「教えてあげると言われるものはなんでも習いに行った」らしい。
関西の風習には物事を6歳の6月6日から習い始めると上達すると言われている。
祖母も数えの6歳で裁縫を習い始めて。
帰りにいつも先生がお芋を焼いてくれはるのが嬉しかったと、
食べ物につられて習いに行っていたのか?みたいだが。
実は祖母の母が薩摩芋を預けて焼いてもらえるようにしてあったことを後年知ったと
「教育はそんな風にする見本やったなぁ」と笑いながら話してもいた。
ついでに、何を習わされてもイヤイヤ行ってちっとも上達しない私には不満だったのだろう。
「あんたは欲がない。いつか損したと思うようになる」とぼやいていた。
今になって運針ぐらいはもう少し真面目にやったらよかったかとは思うけれど。
へそ曲がりで、他者と何かを一緒にすることが苦手な私は
稽古事があまり好きではなかった。
習わなかったものの方が得意なぐらいだから。。。
そう言われたって
やりたくないものができる筈なんかないのにといまだに思えるのだが。。
そんな風に言うと「また あんたは屁理屈を言う」と祖母はきっと嘆くだろう。

今日は祖母の祥月命日。
44年。。ずいぶん遠くに行ってしまったなぁと思う。


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# by fusk-en25 | 2016-08-19 07:23 | 追憶 | Comments(4)
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私はじゃが芋が好きだ。

ドイツに旅行した時にマルシェでじゃが芋を買ったこともある。
家族たちには「なんでわざわざそんなものをここで買うのか?」と怪訝な顔をされたけれど。
ドイツと言えばじゃが芋の産地と思い込んでいて。
「男はビール。女はじゃが芋で太る」と言われるほどの国柄。
きっとじゃが芋も美味しいだろうと思ったのだが、びっくりするほどの美味しさは感じられず、
たまたまその時に買ったじゃが芋が美味しくなかっただけかもしれないが
意気込んで買っただけに。
慣れた?フランス産の方が美味しいと思えたのはちょっと残念だった。

その好きなじゃが芋の入ったパンのことを知った。
じゃが芋の香りがするパン?どんなだろう?
焼いてみることにした。
いつもパンはマルチセレアルという、雑穀の入った全粒粉で焼く。
今回もそれを使って、粉350gにミルクを200cc、卵40g。オリーブオイル50ccの
いつものパンの配合に、あらかじめ圧力鍋で蒸したじゃが芋をマッシュポテトにして150g入れてこねた。
こねるのは機械でやった。
こね具合をみたら。ベチャベチャの種になって触れそうにもないから。
そのまま1次発酵をさせて、取り出してもまだベチャついている。
手に粉をつけてなんとかまとめて。2次発酵はオーブンにして。15分焼いた。
種が柔らかいから丸く膨らまずフォッカチャのような形にはなったが、なんとか焼きあがった。
ちょっと冷まして食べてみたら、味はいい。
ただ残念なことに全くじゃが芋の香りがしない。
フライパンに軽くオリーブオイルを敷いて焼いたら、かなり美味しいのだが。
これを「じゃが芋パン」と名づけられるような味でないのが悔しい。

粉に対してじゃが芋が少なかったのか。手抜きして機械でこねたのが原因か?
ミルクを水に変えたらいかがかと助言してくださる方もあるので。
再度挑戦しようとは思っている。


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# by fusk-en25 | 2016-08-18 09:21 | ままごと | Comments(2)

ところてんを突く。

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夏らしい日が続いている。
先日作った寒天が緩かったから、今度は水気を半分にした。
しっかり固めにできて、粉寒天を使ったら透き通ってきれいなのができた。
フルーツみつ豆というよりメロンみつ豆にして食べて。
途中でところてんの器具があったのを思い出して突いてみた。
なんでも持っているなあと自分自身でも可笑しくなるのだが。
こんにゃくも蒟蒻粉を日本から送ってもらって手作りしていた時期に
糸こんにゃく風になるかとこの器具も買ったのだが、残念ながら蒟蒻は硬くて、先から出てこなかった。
突き蒟蒻の器具はおそらく針金でなく刃物に近い金属が付いているのだろう。
仕方なく包丁で刻んで糸こんにゃく風のものを作ったりした。
色々な失敗もある証拠のようなもので。
今、糸こんにゃくは近頃グーンと味が良くなった乾燥蒟蒻を使っている。

グラタンや焼き皿の下に敷いているコルクが焼けたり汚れたりして気になっていた。
食洗機にかけてみたら、コルクが60度の湯温で膨れて使い物にならなかった。
色々考えた末に食器洗剤をつけて「軽石」でこすってみた。
新品のようにはならないが。それでも汚いよりはマシかと思えるほどにはなった。
窓際に並べて干しているのを見ていたら。
「大掃除」の畳を干している光景を思い出した。
大掃除は好きだった。掃除が好きというのではなくて、
畳の下に敷かれた去年の新聞紙を読み耽ったり。
その日だけ靴を履いたまま家にあがれるのも、なんとなく新鮮な感じがした。
おやつに井戸水で冷やした西瓜を食べたのも懐かしい。。。
そんな風景を思い描いたりしていた。

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# by fusk-en25 | 2016-08-17 06:52 | ままごと | Comments(4)

お盆に。。。

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私が3歳の時に死んでしまった父の墓は。
三重と奈良の県境に近い山間の村の持ち山のはずれに建てられていた。
祖父母がその村の出身で、父が亡くなった時、父を愛しんでいた祖母の弟に当たる大伯父が、
実家の家族だけの墓地の横に父の墓を建てたらしく。
その後、亡くなった順番に祖父 祖母、父の兄もそこに祀られていた。
過去形なのは、父の生家の跡を継いでいた従兄が亡くなった時、
義従姉が遠距離の墓は不便だからと住まいの近所の墓地に移してしまった所為だが。
今も大伯父の墓も、それよりもっと遠い先祖もその地に祀られていて
父たちの墓も墓石は無くなっても、土台だけがまだ残っていて
ひょっとしたらまだそこに皆がいるのではないかと思えて、私は帰るとその墓地を訪れる。

若かった頃、早くに亡くなった父のことを想うのは、実は恐ろしかった。
私が知ることのできない父のエピソードだけが一人歩きしてしまい。
実際に見ても触れてもいない人を想像だけで推し量るのは嘘っぽくて嫌だった。
そういう思いもあったのだろう超現実主義になってしまった私は。
「もしも、父がいたら」などと夢想したことがない。
そう言っても思春期のしんどい時代は、度々墓参りに行った。
行くと大伯父が喜んで
「帰ってきた。帰って来た」と大歓迎してくれる。
私自身は1度も住んだことのない地を故郷とは呼べない気分もしたが。
私の父を誰よりも慈しんだ大伯父の気持ちはそう言うものだったのだろう。
「何を食べたい?寿司でも取ろうか」といつも言われるのだが。
山間の村の寿司?思っただけでもゾッとする。
「それよりここの竃で炊いたご飯が食べたい」と言うと。
普段は電気釜で炊いているのに、
大伯父が自ら竈にしゃがみ込んでいそいそと炊いてくれる。
その竃のご飯は
もうご飯ってこんなにも美味しいものかと思えるほどの味だった。


この春に帰った時にもその墓へ行った。
数十年前に大伯父は亡くなってしまい。
誰も住んでいない家は朽ち、藪に覆われて入れなくなっていたが。
先祖の墓は参る人も少ないだろうに健在で。
むしろこの素朴さがまたいいような気がした。

お盆にあのお墓の人たちはどこに帰っているのだろう。
私の胸の中だけでも偲んでいたい気はする。



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# by fusk-en25 | 2016-08-16 07:09 | 追憶 | Comments(6)