煌めく光の中で


by fusk-en25

マルシェにて。。

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金曜日のマルシェ。
火曜日にもマルシェは出るのだが週末をひかえているせいか。
金曜日の方が品物も多いし活気もある。

いつもの八百屋をまず覗き。。
大根や茄子を選び。またこれもいつもの売り子のお兄さんに持っていく。
売り子は6、7人いるのだが。頭の回転の良さや働き具合がみんな違う。
私の決まったお兄さんは仕事は早いし。無駄口も叩かない。
ただ絶対に値引きはしない。例えば20ユーロ1さんチームの勘定ならば
マルシェなら20でいいよと言うことになることが多いけど。
このお兄さんはいつもきっちりと1サンチームもまけない。
きっとどんぶり勘定が嫌いなんだろうなあと私は思っている。
そんなきっちりのお兄さんが、
なぜか今日。機嫌が良かったのか。。売れ残りになりそう?と思ったのか。。
メロンを2つ3ユーロの札が出ていて、2個買ったら。
なんともう一つおまけにくれた。
そんなことはあまりないから。。びっくりもしたけど。有り難くもらってきた。

メロンもまだ本格的な季節ではない。
甘さに当たりはずれも多いのだが。
天然の水を食べるつもりならいいかと思って。。時々買う。
でも今日はどうしておまけをしてくれたのだろう。ひょっとしてまずいのか?
他人の好意を疑うわけではないが。。
帰ってすぐに食べてみた。
甘みは少し薄かったが、まあこれならいいかの範疇の味。
キルシュとレモンを少しふりかけてミントも散らして。
しっかり冷やして食べたら、美味しゅうございました。


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# by fusk-en25 | 2018-06-09 06:22 | 思う | Comments(0)

茶袋。。

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伊勢木綿の和晒しをもらった。
うっすら生成りの色合いがいい。
何にしようかな?と数日考えていた。
もともと晒し木綿は好きでよく使う。
蒸し物をするときに蒸篭に敷いたり。包丁を包んだり。
洗濯物に糊をかけるときにも、糊にするご飯を包んで使う。

毎朝、麦茶ベースに色々な薬草が入ったお茶を飲んでいる。
市販のティ・バックの袋に大さじ一杯づつ入れて、鍋で煮だす。
そのティ・バックはここには売ってなくて。
いつも日本から送ってもらうのだが。。残り少なくなっていた。
この木綿で茶袋を作ってみようかな?

昔、祖母は月に一回ぐらい
「奥さん。粉茶の方がええお茶も混じっていてずーっと美味しいでっせ」と
出入りの葉茶屋の女主人が持ってくる粉茶を茶袋に入れて飲んでいた。
河内平野特有の茶粥で育った祖母は。。
その粉茶で時々茶粥も炊いていた。

晒し木綿を適当な大きさに裁断して。
袋縫をして紐を通す。
一つだけひも通しにもう一本ステッチをかけたものも作ったが。
紐をキュッと引くとそのヒラヒラは邪魔になりそうで。
他の袋はステッチをかけなかった。
縫い終わった茶袋を洗って干して。
生乾きにアイロンもかけて。。
お茶を入れてみた。まだお茶は煮出していないが。。
明日の朝。。この茶袋でお茶を煮だすのをちょっと楽しみにしている。

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# by fusk-en25 | 2018-06-08 07:19 | 手仕事 | Comments(6)

雨のはずが。。

5月から6月にかけて。。
こんなに雷雨の多かった年はなかったと言う。
冬や早春にしとしと降り続くような陰気な?雨でなく。
どしゃぶりの威勢のいい雨。。
ババっと降ってパッと止む。
そんな雨はあまり嫌いではない。でもいつ降るかわからなくて。。
外出時にはしっかりと嫌いな傘も用意して。。

今日も雨の予報で。
9年前の6月6日も土砂降りの雨。。
記念日や祥月命日はいつも天候が悪く。
「父さんは雨男や」と息子もぼやく。

朝から所用があって息子と待ち合わせ。
たまには昼も一緒に食べようと。行った先近くのブラッスリーに。
メニューを見ながら。。
何を食べようかと思案もして。
私はクラブサンド。息子は肉のタルタル。。
運ばれた量を見て
「重そうやねえ。。こんなに食べられへんなあ」と言うと。
「残せばいい。全部食べたら体に悪いよ」
「はいはい。仰せのように」と3分の一は残すことにして。。
それなのにしっかりと二人でビールは飲み
「記念日やもんな」と言い訳も。。

40年前に来た時はこんなに長く住むとは思わなかった。。
ちょっと長い目の旅行ぐらいの気分やったなあ。。
と述懐もしながら。。

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午後に所用が終わって。。「どっかに行くの?」と聞かれて。
「サンルイ島による」と答える「花輪は用意できなかったけれど。島の花屋で花束を買うつもり。。」
「それなら僕も付き合うわ」と二人で献花もして。。

雨男のはずが。。なんと。。予報の雨も降らずに陽も差して。。
二人で顔を見合わせて。。
「ぼやいたら。。晴れたか。天邪鬼の人や」と。。笑いました。


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# by fusk-en25 | 2018-06-07 06:46 | 思う | Comments(4)

39年。。

6月6日。
39年前のこの日。(1979年)私たち家族はパリにたどり着きました。
日本を出立したのは。同じ年の5月30日。
新潟空港からJALに。。ハバロフスクからモスクワはアエロフロートに乗って。
モスクワからは列車でヘルシンキに行き。
ヘルシンキでレンタカーを借りてトゥルクに。
トゥルクからストックフォルムへはカーフェリーに乗り。
ストックフォルムからパリに飛んできた日でした。

直行便はまだ飛んでない時代でも
アンカレッジやモスクワ経由でいくらでもパリに簡単に来れる飛行機の便はありました。
しかもパリには旅行でなく住みに行くと言うのに。
あえて。。
新潟からハバロフスク経由にしたのは、
実は。。
私が旅行が嫌いで、パリに住み着くと。おそらくどこにも行きたくないと動かない。
だったら。。行くまでにちょっと寄り道をしよう。
こんな機会でなければ、まだソ連と呼ばれていた国を通ることもないだろうと。
日ソツーリストに予約したのです。
さすがにモスクワまで船や列車の長旅の移動はきついので。
飛行機を使うことにして。。

前日の5月29日。
大阪の伊丹空港から新潟までは、舅も一緒に。。
「新潟まで送るわ。。お前らが立った後は良寛さんのお墓に詣でるよってに。」
と半分言い訳しながらの。。長兄の家に泊まった舅と空港で待ち合わせて。

新潟に泊まった翌朝。
「お父ちゃんが空港にまで送ってくれたら。。帰りは一人やろ。かえって心配や」と
宿の前で別れて。とぼとぼと商店街を歩いて行った舅の。。寂寥感にあふれた後ろ姿が。。
今だに目に残り。。。姑はその2年前に亡くなっていました。
一番仲が良かった?末の息子の家族まで
他国に行ってしまうのは舅としても惜別の感は多かったのでしょう。

新潟発のJAL便に、
大きなスーツケースを2つ、親子3人が各自リュックも担ぎ。
カメラの入った小さめのトランクも2個下げて。
おそらく200キロ以上はあったかと。。
「民族の大移動みたいやねえ。。」
係員も「こんな重い荷物は新潟空港始まって以来初めて」と笑われたものでした。
この飛行機。乗客はたった8人で、超過料金を取られることもなく。。
「空いてますねえ。」と乗り合わせた人に話すと
「今日はまだ多いぐらいですよ。僕は前にたった一人で飛んだことがありますよ」
商社の森林部でハバロフスクに材木の買い付けに行くという方が言われる。
ハバロフスク一泊の後にモスクワまで乗ったアエロフロートも
当時まだソ連だった国策として。
外国人はファーストクラスに乗るのが義務付けられていて。荷物の重量制限もなかった。
ただしこれが本当にファースト?と尋ねたいくらいにエコノミーと変わらない。
座席が飛行機の前か後か程度の違いでした。
唐丸カゴのような、鶏を3羽も入れた籠が持ち込まれていたローカルな飛行機。
機内食も何を食べたのかまるで覚えはなくて。


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               ↑対岸が見えないほど広いアムール河
                ↓ハバロフスクの林檎ジュースの自動販売機の前で

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1泊したハバロフスク。
きちんと日ソツーリストからガイドもついて。街の案内もしてくださって。
この地方は石炭の露天掘りができる環境から
ホテルの給湯も暖房も快適で、かなり清潔な宿でしたが。。
食べ物に野菜がない。何か青いものを食べたいと頼むと
「ネギにゆで卵がのっかたサラダ」が出てきて。
主菜で覚えているのはチョウザメのスープ。
キャビアの残り物ね。。と思いながら食べても、これは意外と美味しかった。

モスクワの滞在は2泊。
場所こそクレムリンのすぐ側でしたが
超高級なホテルなのにすすけた感じがする(モスクワ・オリンピックの1年前なのに)
旅行条件になっているガイドも人員が足りないからとつかず
食事券も物価に合わない。どこに行っても監視の目が光る。
「トルストイやドストエフスキーを生んだ国なのに。。」と言う勝手な思い込みの
ロマンチックなイメージが儚く消え。。

夜行列車に乗って。ヘルシンキに。
国境を超えた途端に「コカコーラ」の看板が目をひきました。
「ああ、やっと西側に来たのだ」ものが自由に買える。。
ってたった3、4日のことというのに、やっぱり東側では幾分緊張もしていたのでしょう。
たいして好きでもないコカコーラを自動販売機で買うのが嬉しくて。
この街にも1泊はしたのに。どこを見たのやら。
覚えているのはレンタカーの事務所だけでした。


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                   ストックフォルムに向かうカーフェリーにて


レンタカーで。トゥルクまで田舎道を走り。
トゥルクでレンタカーを乗り捨て。
カーフェリーで対岸のストックフォルムに2泊。
フェリーに乗った途端。北欧の人々の背の高さが目につきました。
ストックフォルムのホテルは予約をせずに観光案内所で探して。
旧市街のレストランで鮭の分厚いステーキを食べたのが美味しかった。。
そこからパリまでは飛行機で。。

たった1週間足らずとは言え、何カ国も経由して。。
色々なことがあったり見たりしたはずなのに。。
こんなことしか覚えてないのは。。
人間の記憶の何とあてにならないことかとつくづく。。
今思ってももっとちゃんと記録しとくのやった。。
写真すらほとんど写してなくて。あんなに沢山機材も運んだのに。。

2009年6月6日。
たどり着き住み始めた日を記念して。
30年目にはお祝いもしようと約束をしていて。。その年の2月に逝った夫が
ノートルダム寺院の後陣が最も美しく見えると。。
彼がこよなく好きだったサンルイ島のオルレアン岸から。
セーヌ河に友たちと花輪にほんの少しの遺灰をつけて散灰をした記念日。

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その日も花輪はゆらゆらと。。遺灰を携え。。流れて行きました。
明日から私のこの国の 40年目が始まります。





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# by fusk-en25 | 2018-06-06 07:58 | 追憶 | Comments(10)

円は難しい。。

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夏向き?と言うか。。ビール向き?のコースターを作った。
最初は藍色の古布を色々カットして作ってみて。。
なんとなくバーベキュー向き?の賑やかなものを作りたくなった。
実家から持って来た銘仙の古い布は。。
布団の皮か?褞袍だったのか?。
すでに解いてあって何に使っていたのかはわからない。
こんな変な柄では何にも使えないなあとは思いながら。。
湿気の匂いも残っているし。洗ってアイロンはかけて置いた。。
ひょっとして
コースターぐらいの小さな部分なら。。意外と面白いものができるか?と。。
厚紙で型を作って。あちこちに当てはめる。。
生地が薄いから、銘仙には芯も貼って。裏側には絣を合わせた。。

円は難しい。
以前にも何枚か円形のコースターを作ったのだが。。
型紙を使って、しかもチャコペンシルで円も布地に直に書いているのに。
どうしても歪む。
夫にしげしげ眺められて「ひどいステッチやな」と言われていた。

「ミシンの掛け方が下手やねんなあ」と縫い物の上手な友に訴えると。。
「ミシンをかけた。その周囲にもう一回ぐるりと縫うのよ」
言われた時はどう言う意味かよくわからなかった。。
ずいぶん経って「ポケットの丸みのようにしつけをかけて糸を引くのだ」
と気がついて。今回は「手間やなあ」とは思いながら。
裏も表もしつけをかけて厚紙に沿わせて糸を引き。ぎゅっとアイロンをかけて円にした。
それでも最終的にステッチをかけてよく見ると、円は歪んでいる。。
これが私の。。限界かな?

きちんと丸みにならないほど円を縫うのは下手なのに。。
あえて円形にこだわる。。
実は。。この小さな丸い布はコースター以外にも。
湯飲みの茶托の代わりに使ったり。小さな器の下に敷いたり。
色々な使い方ができる。。それを狙っての。。作業でした。


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# by fusk-en25 | 2018-06-05 06:29 | 手仕事 | Comments(6)

まだ残っていたのね。。

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時期が来たのか。。
今年も山鳩がやって来て。ふわっとガマズミのてっぺんに止まった。

それまで私の横でぐうぐう寝そべっていた猫。。
突然むくっと起き上がり。狩をするような姿勢になった。
目はらんらん。。山鳩をキーっと見つめる。
窓のガラス越しだったが、山鳩も猫の視線に気がついたのか慌てて飛び立った。
それ以来いつもの年なら何度も巣をかけようとやって来る山鳩が全く来ない。
山鳩も危険を察したのだろうか。。

ある日の夜。。
キッチンの窓をうっすら開けて。
テーブルの上の電気を灯していた。。灯りに誘われた蛾が一匹入って来たらしい。
2匹の猫が。パッとテーブルに飛び上がり。。
蛾を捕まえようと大騒ぎし出した。

君たちにもまだ獣性が残っていたのね。
寝そべるだけしかやらないのかと思っていた猫が狩の姿勢をとるなんて。。
可笑しくて。たまらなかった。。
「これだから。。やっぱりベランダには出せないね。」
手すりを乗り越えたら。いくらなんでも12階。
死んでしまう。
それでも時々、ベランダに出たがって、
スキあらばと。。脱走は試みる。

でもまあ。。ほとんど一日の大半はこんな格好して。。寝ています。。


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# by fusk-en25 | 2018-06-04 06:42 | 動物 | Comments(2)

卵を茹でて。。

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卵を切る好きな器具がある。
ここに住み始めた頃に形に惹かれて買って。
40年近くなるから。。骨董品的なものになってしまったが。。
これだけ長く使っても切れ味がすっきりして。全くブレない。
10年ほど使った頃に古めいて薄汚れた感じがしたので。。
換えようと良く似た形も買ってはみたが。
この卵切りほどにはすっきりした切れ味にならなかった。
結局。。今もこの古い卵切りを使っている。

何ヶ月か前に品切れになって補充されなかったパンを焼く粉が
もうなくなったのかと思って、他の粉で試行錯誤していたら。。
半月ほど前に出て来た。。
その粉で焼くとやっぱり持ち上がりも味もいい。
だから。。ここ2週間ほどは。また頻繁に食パンを焼いている。

卵のサンドイッチが食べたくて。お昼に作った。
もちろん「卵切り」でゆで卵をカットして挟む。
ふんわりしたパンに。ホカホカのゆで卵。。

アルファベットのタイトルがついたスー・グラフトンのシリーズの。
どれに書かれていたかはもう忘れてしまい。そして内容ともあまり関係はないのだけれど。。
馬だったかのお産を終えた獣医が、夜が開けるかどうかの早い時刻に
広い田舎家の台所でたった一人卵のサンドイッチを作っている。。
「夜中じゅう働くとね。お腹が空いて。。誰もいない台所でよく作るんだ。
卵はどこの農家にもあるからね。。卵はありがたい食べ物だよ。。君も一つどうかね」
と勧められるキンジー・ミルホンを思い出していました。。


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# by fusk-en25 | 2018-06-03 07:25 | ままごと | Comments(2)