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カテゴリ:本を読む( 34 )

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谷崎潤一郎を一番最初に読んだのは。。
確か「台所太平記」で、それもサンデー毎日の連載だった。
もちろん連載を最初から通して読んだのではない。
たまたま母が買ってきた週刊誌を見ることもなく見ていて。。
何回かの章をパラパラと読んだだけにすぎない。

「けったいなおじいさんやな?なんで?こんなこと。。どうして面白いねんやろ。」
ぐらいの感想だった。
まだその頃は。谷崎潤一郎の小説が好きも嫌いもない。
連載は1962年だという。。それなら私は16歳になっている。
自分自身ではかなり小さかった時に読んだ気がしていたのだが。
高校一年生。
いわゆる「純文学」と言われるような本はその頃すでに読み始めていた。
それにしては。。台所太平記のイメージが合わなかったのか。。
谷崎潤一郎を変な?おじいさんの小説と思ったのは。
単に本を読むのが好きというだけで。。
色々な文章を実際にはよく理解していなかった?のだろう。
今なら、最も好きな作家の一人なのだが。。

もしも谷崎潤一郎が。。
「陰翳礼讃」の中に。
吉野の山間部で作られるという「柿の葉寿司」のことを書かれなかったら。。
関西の。。しかも奈良に近い大阪の都市に住みながら。。
「陰翳礼讃」を読むまで柿の葉寿司など食べたことがなかった私が。。
こんなにも執着して?「柿の葉寿司」を作りたいと思ったかどうかさえ疑わしい。
こちらでは柿の葉を手に入れるのが難しいこともある。。
だから余計に想いを馳せるのかもしれない。
そしてまた。あくまでこれは大阪人の偏見にはすぎないが。。
「食い倒れ」と言われる?大阪人にとって
随分長く奈良の食べ物はまずいと思い込んでいたこともある。
また観光名所でさえまだ柿の葉寿司は今のように有名?でもなく、
そんなに多くは売られてもいなかったのだから。

最近また。。「台所太平記」を読んでみた。
なんとも色っぽく。それでいて上品で。
日常を織り成すちょっとした出来事がこんな風に見えるのかと
思えるような場面が多くいい小説だと思う。

ただ。。
谷崎潤一郎の小説の中で何か1冊をあげるとしたら。。
有名な細雪でも。鍵でも。春琴抄でも痴人の愛でもなく。。
「猫と庄造と二人のおんな」を選ぶ。
主人公と前妻と現在の妻の間での変な?三角関係を。
あたかも猫を中心にして語られてはいるのだが。
その猫の姿態に対しての細やかさはもちろんのこと。。
飄々とした、ちょっと頼りない男の猫や女に対する態度の可笑しみも。
また当時の家や部屋の造作までを彷彿させられるような。
観察の鋭さに。。今にも火鉢にやかんがかかっている部屋の。
そのしゅうしゅうと湯の滾る音まで聞こえてくるような気がして。
読んでいてもまったりした懐かしさを覚える小説だと思う。







by fusk-en25 | 2019-07-10 08:42 | 本を読む | Comments(4)
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ここ数日。。
「大阪弁」にどっぷり浸かっている。
友が持ってきてくれた
高田郁「あきない世傳、金と銀」シリーズの2から6を読みふけっていて。
話自体はありきたりの「女」の知恵を要にした根性ものだが。。
書かれている大阪弁のまったりした心地よさに。
ついつい浸り込んで夜が更けるのも忘れるほどだった。

高田郁はこれまでも「みをつくし料理帖」や「出世花」は読んでいて。。
みをつくしも主人公の大阪弁が時々混じっても江戸が舞台になっていて。
この「あきない。。」ほどには大阪弁が駆使されていない。。

その上。。この小説の設定が大阪の中心の船場を外して天満にしているところが
また心憎い。。
もしも江戸期の船場なら大阪弁も老若男女、身分の違いで
語る言葉がもっと違うはずだから。
その身分差のようなものは読んでいても分かりづらくて難しかっただろう。
その上に季節感を表す鳥の鳴き声や祭りなどの行事が織り込まれているのも
微妙なイメージを表していて上手い。

私の生まれ育った時代には。。
アクセントこそ関西弁の抑揚でも。。ここに書かれているような大阪弁は少なくなってきていた。。
今ならもっとなくなっているだろう。。
でも読んでいるうちに。。祖母達が使っていた言葉の片鱗のようなものがよみがえり。
「ほな行きまひょか。。」だの「さいな。さいな」などの。
言葉の懐かしさに我を忘れるほどだった。。
中でも、呼称の「。。ぼん」や「こいさん」などがまた懐かしい。

この呼称で思い出したが。。
10歳ごろだったか。。親戚の家に行くと。。
その家の叔母が「もうちょっとしたら、赤ちゃん帰ってくるしな。。待っときなはれ。。」
と言われるので。てっきり赤ん坊が帰ってくるのだと思っていたら。。
帰ってきた赤ん坊はなんと私より5歳も歳上の人だった。。
その家は5人姉妹の上から。
「姉ちゃん。中ちゃん。こいちゃん。ちこいちゃん。赤ちゃん」と名付け?られていて。。
この呼称も。。下が生まれるたびに順繰りに上がっていったのかと思うと可笑しかったが。。
4番目にちこいちゃん(小さいこいちゃんのこと)を使ってしまって。。
それ以下の名称が考えられずに生まれた時の「赤ちゃん」を使っていたのだろう。

小説の中では3人の男兄弟を名前の下にぼんをつけて。
例えば惣次を「惣ボン」にしているが。。
「兄ボン。中ボン。こぼんちゃん」と呼んだ方がもっとリアルだったような気もする。











by fusk-en25 | 2019-05-16 09:32 | 本を読む | Comments(6)
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帚木蓬生を一番最初に読んだのは
「三度の海峡」が文庫になった直後だから。。もう23年にもなる。
それ以来。白い夏の墓標やカシスの舞。空夜。閉鎖病棟など20冊は読んだと思う。
どれも好きな小説だったが。。
中でも父上がモデルになっておられるという「逃亡」は特に好きだった。。

作者が急性骨髄性白血病を発病されたために
「休養を与えられてこの小説が書けたと」言われる「水神」を読んだ。。
ちょっと前にアフガニスタンで灌漑用水路を引かれた「天、共に在り」を読んでいて。。
水に対する畏敬の念を深く感じていたので。。
それが江戸期の。。大した工具も機械もない時代に。
しかも五村の庄屋が命をかけてやり遂げた実際の話が元になっているのに興味を惹かれた。。
堰を作る話も確かに興味を持つが。。
それより以上に
水がなかった時代の過酷な暮らしを強いられる農民が
いかに飢えをなだめるかのために。
(決して満腹になることなく)松の皮を剥ぎ。麦の新藁を刻んで団子にするなど
様々な工夫を凝らす様子が緻密に克明に書かれている。
またいかに土地そのものを肥沃にさせようとする努力に。。より深く感じさせられて
なんと現代人は。。(飽食しているとまでは言わないとしても)
幸福なことかとちょっと反省もしたいような気持ちにさえなった。
ただこの農民たちが。少しでも豊かな土地にしようと願い働くのに反して。。
実際にはこの後。。
石高が上がって農民たちが豊かになるどころか。。
為政者は石高の上がった分をまた根こそぎ取り尽くし
全く農民のためには何もならなかったという。。
それはまたやたら恐ろしい気がする。
次の作はその過酷な話を書かれるというから。。
読むのが恐ろしいなあという気もするが怖いもの見たさに似た気持ちで
書かれることを楽しみにもしている。











by fusk-en25 | 2019-04-08 09:51 | 本を読む | Comments(2)
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ちょっと前に。。何かで。。
「暮しの手帖」の広告を見た。
私が若い頃に見ていた女性?雑誌類の多くが無くなっていることを思えば。。
まだ続いているのかと。
なんとも懐かしい気がして。一番新しい号を持ってきてもらった。
「表紙も紙質も綺麗になりましたね。。」と話をしていて。。
母が確か創刊号から買っていて。。
当時はわら半紙みたいな紙の素朴なものだったように覚えてもいる。

そういえば。古い暮らしの手帖の料理の本を持っていたはず。。
この「おそうざい 外国料理」は。
発刊された当時。私の周囲の人たちの家には、必ずあったような気がする。
この本を見て何か作った覚えもないし。。自分で買った記憶もないから。。
誰かが置いていったのだろう。。
あまりにも懐かしいので。。パラパラめくっては。。
何か作ってみようかな?と思ったり。。
「ポテトスープフランスふう」などという今風でない料理の名前がまたいい。
この本自体は昭和51年第6刷。定価2400円。
それまでに雑誌に載った料理をまとめられたと言うから。
おそらく昭和40年代までの家庭料理としてはこれでもかなり進歩?的だったのかと
想像もしてみる。。


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この本を探していて。。本棚の中にもっと古い料理の本を見つけた。。
何年か前に本好きと言うより「古本屋好き」の友達が。。ぜひ私にと送ってくれたもので。
こちらは昭和29年8月発行。定価220円。
この本を見て料理の参考にしようとまでは思わなかったが。。
この頃の人たちは料理を作るにもかなり面倒な作業を面倒と思わずやっていたのだろう。
と思わせられるような記述が多くて。面白い。
味噌汁の出汁など。味噌を刻んで削った鰹節も入れて1番だしをとり。
そのカスで2番出汁もとって煮込み。。食べる直前に一番出しを合わせるなどと。。
今の出汁パック優先の作り方から見るとかなりの手の込んだ作り方?に驚き。
インスタントの味噌汁など彼らには想像もつかないだろうと思ってみたり、
その当時に人々が食べていただろう料理の様々を想像もできて。。
レシピとしてより読み物として楽しんだ本でした。

新しい方の「暮らしの手帖」も。。
キッシュやチーズ料理を真似してみようか?と。
楽しみにはしています。


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by fusk-en25 | 2019-04-02 08:19 | 本を読む | Comments(12)
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ここ数日「読書三昧」に暮らしている。
天気が悪く。。気温も下がり「寒の戻り?」を言い訳にして。。
家事もごく簡単に切り上げて。。
本を読む体制に入る。
他のどんな作業より本を読むのは得意だから。。天気の悪いのも苦にならない。
3月に入ってから。。あれこれ10冊以上は読んだか。。

西加奈子の「サラバ」は面白かった https://kiramekuhi.exblog.jp/30134773/
面白い作家の小説なら。。次々に読みたくなる。。
きいろいゾウや、サクラ。通天閣を頼んだ。
中でも「きいろいゾウ」は。「サラバ」とはまた違った面白さと言うか。。
ごくごく普通の人たちが。ごくごく普通の会話をしながら。。
なんとなくまた普通でないようなイメージを醸し出す。
ツマとムコという名前を持つ主人公たちカップルの。
日々の暮らしを夫と妻の両側から同じ内容を綴っているのが。
同じことを視点を変えるとこんな風に見えるというだけでなく。
その違いがまたどこか外れた展開になっているのが持ち味になっている。

ハッピーエンドになるはずの兄弟が繰り広げる
ちょっと変わった?家族の話が「サクラ」だった。
しかもちっともハッピーエンドにならない。
そうでないと小説にはならないかとも思うのだが
それがまたなんとも悲しいような滑稽さが出ていて。西加奈子らしいなあと思える。


きいろいゾウの「象」続きで読んだわけではないが。。

柳広司の「象は忘れない」
以前にこの作家のジョーカ・ゲームやダブル・ジョーカ。
ラストワルツなどのミステリーは好きな作品だった。
ふーん。日本のスパイもやるねえと思わせるような話に
ワクワクしながら読んだものだが。
「像も忘れない」もそんな小説のつもりで読み出した。。
だが。。もうこれは。。そんな娯楽的な気持ちでは読めない「衝撃」的な内容だった。
作家は意思や思想を作品の中で表すのがいいと言われる実践のような。
3・11で始まった福島の原発汚染の被害が淡々と書かれていて。。
大げさではない書き方だけに。反対に気持ちにじわじわ染み込んでくるような。。
確かに「忘れない」とタイトルをつけられただけのことはある小説だった。

最近見たユーチューブの映画『日本と原発 4年後』全編版
を彷彿させられるような内容でした


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by fusk-en25 | 2019-03-13 08:15 | 本を読む | Comments(2)

鰻の生態を知る?

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何か欲しい?と聞かれると。
やっぱり最も欲しいのは「本」だと思う。
ただし本ばかりは好みもあるし。すでに読んだ本はもらっても仕方がない。
だからまず「本のリスト」を欲しいと頼む。

友の本リストにこの2冊が並んでいた時は。。実は選ぶかどうかを迷った。
学者が書かれた本であるらしいこと。。
偏見から言うと。内容が濃くても学者の書く文章は私には高度すぎて面白くない。
でもウナギの生態?なら。。
知っていてもいいか?ぐらいの気持ちで持って来てもらった。

さて。。本をもらうと」。。自分でも悪い性格だとは思うが。。
本を横に積んでは。。
あちこちつまみ食いのようにパラパラめくって楽しむ。実はこの時間が一番楽しい。
今回もまず「大洋に1粒の。。」を何ページか読んで。。
あれっ意外と。。学者の文章にしては面白い。学術書というよりエッセイ的な感じが濃厚で。。
同じ研究所に所属されている「アフリカにょろり旅」の方もページをくった。
「ふーん。近頃の学者さんもやるねえ。」なんて言うとひどい言い方だが。
延々と鰻を探し求める様子は。。鰻の生態を知るというより。。
アフリカの乾いた空気のすごさみたいなものまでわかるような
冒険小説・奇譚的な面白さが詰まっている。

「大洋に一粒の卵を求めて」はウナギの生態についてより詳しく書かれていて。
ウナギの卵を追い求めて。産卵の場所や時間を推測したり。
それをまたきちんと解明したりもされていて。
主に(表面的には)深刻な苦労話的なことがなく。
推理をする楽しさの方が優って書かれてはいる。。
でも実際にはこの研究をやられている間の大変な労力とそれに対する気力が必要だろうし。
おそらく研究費を分捕るのに体力?も説得力も並並ならぬ努力がいるのだろうと推測もできる。。
それでもここまでして。卵を追い求めるのか?と思える内容に感銘を受けてしまった。

さて。。鰻。
近年シラスウナギが減ったと言う。
そういえば30年ぐらい前まで。高価ではあったがクリスマスの時期になると。
生きたシラスウナギが魚屋で売られていて。湯がいて食べるだけでなく。揚げたり
オリーブオイルでココットにする料理も見たことがある。
時には生きた立派なうなぎも売っていて。。
蒲焼を食べたい一心で2時間ぐらいかかってさばき。
食べる時間はあっという間だったと嘆いたことも。。
さばいている写真の日付は2003年だが。。
そう言えば。。近頃はシラスウナギも生きた鰻もあまり見かけなくなった。

鰻が好きなだけに。。
鰻の飼育?の研究が進んで美味しい蒲焼を常時食べられる時代が来て欲しい。
と思えた2冊の本でした。

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by fusk-en25 | 2019-03-09 08:47 | 本を読む | Comments(6)

嬉しい。

今。私の顔はおそらく。。ニヤニヤしていると思う。
去年の暮れに幼馴染の本友達が。
持ち本の中から「こんな本は要らないか?」とリストをくれた。
背表紙を写して送ってくれたものだが。。
舌なめずりという表現ができるぐらいに。。いろいろ検討して。。
本のことだから。重い。「腐るものでないから船便で送って」と返事をした。
「最初は航空便で年内に送ってあげようと思ったけれど。
運賃を考えると量を沢山送れる船便にして、リクエスト以外に僕の好みも入れた。」と返事が来た。

船便なら。。最短でも2ヶ月。普通には3ヶ月かかる。
本だもの。。待つのになんの問題もない。。待つ楽しさもある。
それが今日届いた。
我が家の郵便は配達員がどさっと一度に持って来て。それを管理人が仕分けして。
小包なら「荷物が来ています。」というメッセージを郵便箱に入れる。
昼に見たらそのメーッセージが入っていて。
管理人が5時に来るのを待って取りに行った。
「重いですよ。」「ありがとう」と受け取って。。
この重さなら。。送り主を見るまでもなく「本」の匂いがする。

荷物をひらけた。。文庫本が19冊。単行本が5冊入っていた。
頼んだ本以外のが本がまた嬉しい。

さて。。
何から読もうか。。ベットの脇に積み上げて。どの本もパラパラとめくる。
こういう時間が一番好きだ。
そして。読み出したのは。。もちろんこの中で一番古い。
大佛次郎の「鞍馬天狗」第一巻。昭和26年3月10日発行。中央公論社。150円。
この時代の物価から考えると値段が高い。
それでも読み物に飢えていた人々には待ちかねたように売れたのだろう。。

友はおそらくこの本を古本屋で買ったらしい。
一番最後のページに一番最初に買った人の覚書のように、
昭和、28、6、17。河原町。駸々堂と鉛筆で書かれていた。

もう煮しめたような薄茶色になった紙に、
旧仮名遣いで印刷されている文字を。。読み出すと。
なんとなく本を読む醍醐味のような気がして。。
至福の時間を味わう。


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by fusk-en25 | 2019-02-12 09:36 | 本を読む | Comments(0)

威勢は良かったが。。

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こんなタイプの本はあまり読まない。
読むのはほとんどが小説で。
近頃こそ日本の若い人の小説も読むようにはなったが
ある時期は英米の翻訳物の。。スピード感に惹かれて
心理サスペンスやスパイものを多く読み。。
ファンタジーもSFもかなり好きな方だが。。

10月に来ていた友達の送ってくれたリストの中を見て。
タイトルを見ながら。どうしようかと悩んだ。
自分では絶対に買わない類の本だし。
本屋でならこのコーナーはおそらく素通りするだろう。

でも、
この3人の小説は若い頃からかなり読んでいる。
20代には五木寛之の「モスクワ愚連隊」や「ソフィアの秋」など何十冊もワクワクしながら読み。
内灘婦人を読んだ時には内灘の風景描写に惹かれて金沢まで行ったこともある。
曽野綾子は小説もいいが。エッセイの「ばあばちゃんの土地」が特に好きだった。
伊藤野枝や田村俊子の瀬戸内晴美の伝記物もいいと思う。
だから。。ということでもないが。。
敬意を?表して。どんなことが書かれているのだろうと。
持って来てもらうことにした。

そして。。もちろん読んだ。
3人とも高齢とは思えないほど威勢はいい。
でも。。なんというか。
ああそうですか。程度の気持ちしか湧かない。
3人とも同じような内容で。実に普通のことを述べられているに過ぎない。
普通のことを実際にやるのが。。それが一番難しいと言われると
その通りなのだが。。
その上3人ともどうやら。今の日本の状態にうんざりというか
飽き飽きされているようでもある。
結局。こんな風に生きたいなあとはちっとも思わなかった。

そして。。できれば彼らにはこんな本より。
やっぱり小説を書いてもらいたかった。


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by fusk-en25 | 2018-11-22 09:53 | 本を読む | Comments(10)
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同じ本を2度読むことはほとんどない。
短編なら別だが長編小説は大体のところは覚えている。
2度読まないから。
すでに読んだ本をもらうともう悔しくてたまらない。
と言っていつも売り出されたばかりの新刊ばかりが欲しいわけでもなく。
本でさえあるならどんな古い本でもいい。
友たちには「要らない本のリストを頂戴」と言うと。
皆。そんな面倒なことは嫌だと。重複していたら捨てればいいと言ったりする。
日本のように身近に日本語の本屋がない環境で飢餓状態で暮らしていると。
本を捨てるなんて。。とんでもない。
新聞でももらうと隅から隅まで広告まで読むのに。
だから余計にすでに読んだ本をもらうと悔しくて悔しくて。仕方がない。
しかし、またたとえ読んでない本でも。。読みたい本とそうでない本もある。

近頃はリストを作るのが面倒ならと。苦肉の策で?背表紙を並べた写真を送ってもらい。
その中から選んで持ってきてもらうことにしている。
今回の背表紙写真の中にパトリシア・コンウェルの「異邦人」があった。
1990年代に「検屍官」を読んだときはもうワクワクして。
ミステリーを解明していくのにこんな方法があるのかと。。
まだ私自身はパソコンや携帯電話も使ってない時代だから。
新しいものに対する興味とともに楽しく読んだ。
何冊かシリーズも続けて読んで。
確か5冊目ぐらいになった頃は。
主人公だけでなくいつもの?登場人物がすっかり自分の友達のような感じになっていると
言うと笑われたものだが。
ここ10年ぐらいは。このシリーズの内容が少しだれ気味になっていて。
もう読まなくなっていた。
今回の背表紙写真に「異邦人」を見たときもどうしようかな?とは思った。
でも作者に敬意を表して?。。のような気分で持ってきてもらい。読み始めた。

うーん。検屍官から25年の歳月を経て。。
確かに科学技術はもっともっと進んでいる。
だが。。
この作品には技術や機械だけが新しくなっても内容が希薄で何が書きたかったのかちっともわからない。
訳者あとがきに作者の自信作と書かれているのだが。。
ええそんな?どこが?
どの登場人物も精彩は欠くし。犯人でさえなぜこんな凶悪なことをやったのか?
その心理状態がちっともわからない。辻褄が合わないのだ。。
どうやらこの本の前作に出てくる人物がキーワードらしいが。
シリーズものとは言え。中の1冊をシリーズの中から抜き出して読んでも
ちゃんと物語になって独立して読めてこそ真価があると言えるのに。。

1990年に書かれた「検屍官」は文庫になった92年に読んで、
その翌年の93年にたまたまニューヨークに夫と一緒に行った。
ニューヨークは初めてだから。どこか行きたいところあるか?と尋ねられて。
検屍官のケイ・スカーベッタがニューヨークで食事に行った「ギャラハーズ」に行きたいと言うと。
またアホなことを言い出すと言う顔をしたが。
行ってみたら書いてあるイメージそのままのレストランで嬉しい気持ちになったことがある。
そんな思い出を持っているからこそ余計に。。
この異邦人はあまりにもつまらなくて残念な気がした。







by fusk-en25 | 2018-10-31 08:06 | 本を読む | Comments(4)
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このところ読書三昧に耽っている。
友が10冊ばかりの文庫本を持ってきてくれて。。
色々なジャンルの本をパラパラと拾い読みして。
いつかそれぞれに嵌っていくのは至福の楽しみと言えるかもしれない。
何しろ物心ついた頃から遊び友達がいなくて。
「本だけが私の友達」と言えそうな環境だったが。
それでも戦後すぐの状況の中では子供の読める本はまだ出版も少なくて
いつも本には飢餓状態だった。。
だからどんな本でも飛びつくように読んでいた習性が
今だに本を見ると舌なめずりしそうな気持ちにはすぐになってしまう。

前置きが長いが。
西加奈子の本は初めて読んだ。
初めて読む作者はまた嬉しい。
新しい靴や服を履いたりきたりする感覚に少し似ている。
「サラバ」を
読み始めたときは。あまりの淡々とした語り口に戸惑いながら。。
いつの間にかそのなんでもないような文体が体に纏わりつくような気分になった。
ぐーっと引きつられて読むような感じではない。
知らない間に深々とその中に入っていったというのか。
不思議な雰囲気に自分自身が嵌っていくような。
それでいて何か懐かしいような変な感じだった。
山や川がない小説といったら失礼かもしれないし。
帯に書かれているような「あなたを魂ごと持っていく物語」というほど大層なものでもないが。
それでいて何か忘れられないような気分が残る。
出てくる人物が一人一人それほど強烈でもないのに(変な人はいるが)
またそれなりに彼らが物語を果たしているのだと思えるような役割をしていて。
青春小説らしい?のに、青春小説的な暑苦しさも青臭さもあまりなくて。。
楽しく読めた小説でした。










by fusk-en25 | 2018-10-30 09:39 | 本を読む | Comments(6)