カテゴリ:本を読む( 27 )

威勢は良かったが。。

f0221050_09453223.jpeg


こんなタイプの本はあまり読まない。
読むのはほとんどが小説で。
近頃こそ日本の若い人の小説も読むようにはなったが
ある時期は英米の翻訳物の。。スピード感に惹かれて
心理サスペンスやスパイものを多く読み。。
ファンタジーもSFもかなり好きな方だが。。

10月に来ていた友達の送ってくれたリストの中を見て。
タイトルを見ながら。どうしようかと悩んだ。
自分では絶対に買わない類の本だし。
本屋でならこのコーナーはおそらく素通りするだろう。

でも、
この3人の小説は若い頃からかなり読んでいる。
20代には五木寛之の「モスクワ愚連隊」や「ソフィアの秋」など何十冊もワクワクしながら読み。
内灘婦人を読んだ時には内灘の風景描写に惹かれて金沢まで行ったこともある。
曽野綾子は小説もいいが。エッセイの「ばあばちゃんの土地」が特に好きだった。
伊藤野枝や田村俊子の瀬戸内晴美の伝記物もいいと思う。
だから。。ということでもないが。。
敬意を?表して。どんなことが書かれているのだろうと。
持って来てもらうことにした。

そして。。もちろん読んだ。
3人とも高齢とは思えないほど威勢はいい。
でも。。なんというか。
ああそうですか。程度の気持ちしか湧かない。
3人とも同じような内容で。実に普通のことを述べられているに過ぎない。
普通のことを実際にやるのが。。それが一番難しいと言われると
その通りなのだが。。
その上3人ともどうやら。今の日本の状態にうんざりというか
飽き飽きされているようでもある。
結局。こんな風に生きたいなあとはちっとも思わなかった。

そして。。できれば彼らにはこんな本より。
やっぱり小説を書いてもらいたかった。


More
[PR]
by fusk-en25 | 2018-11-22 09:53 | 本を読む | Comments(10)
f0221050_07443809.jpeg

同じ本を2度読むことはほとんどない。
短編なら別だが長編小説は大体のところは覚えている。
2度読まないから。
すでに読んだ本をもらうともう悔しくてたまらない。
と言っていつも売り出されたばかりの新刊ばかりが欲しいわけでもなく。
本でさえあるならどんな古い本でもいい。
友たちには「要らない本のリストを頂戴」と言うと。
皆。そんな面倒なことは嫌だと。重複していたら捨てればいいと言ったりする。
日本のように身近に日本語の本屋がない環境で飢餓状態で暮らしていると。
本を捨てるなんて。。とんでもない。
新聞でももらうと隅から隅まで広告まで読むのに。
だから余計にすでに読んだ本をもらうと悔しくて悔しくて。仕方がない。
しかし、またたとえ読んでない本でも。。読みたい本とそうでない本もある。

近頃はリストを作るのが面倒ならと。苦肉の策で?背表紙を並べた写真を送ってもらい。
その中から選んで持ってきてもらうことにしている。
今回の背表紙写真の中にパトリシア・コンウェルの「異邦人」があった。
1990年代に「検屍官」を読んだときはもうワクワクして。
ミステリーを解明していくのにこんな方法があるのかと。。
まだ私自身はパソコンや携帯電話も使ってない時代だから。
新しいものに対する興味とともに楽しく読んだ。
何冊かシリーズも続けて読んで。
確か5冊目ぐらいになった頃は。
主人公だけでなくいつもの?登場人物がすっかり自分の友達のような感じになっていると
言うと笑われたものだが。
ここ10年ぐらいは。このシリーズの内容が少しだれ気味になっていて。
もう読まなくなっていた。
今回の背表紙写真に「異邦人」を見たときもどうしようかな?とは思った。
でも作者に敬意を表して?。。のような気分で持ってきてもらい。読み始めた。

うーん。検屍官から25年の歳月を経て。。
確かに科学技術はもっともっと進んでいる。
だが。。
この作品には技術や機械だけが新しくなっても内容が希薄で何が書きたかったのかちっともわからない。
訳者あとがきに作者の自信作と書かれているのだが。。
ええそんな?どこが?
どの登場人物も精彩は欠くし。犯人でさえなぜこんな凶悪なことをやったのか?
その心理状態がちっともわからない。辻褄が合わないのだ。。
どうやらこの本の前作に出てくる人物がキーワードらしいが。
シリーズものとは言え。中の1冊をシリーズの中から抜き出して読んでも
ちゃんと物語になって独立して読めてこそ真価があると言えるのに。。

1990年に書かれた「検屍官」は文庫になった92年に読んで、
その翌年の93年にたまたまニューヨークに夫と一緒に行った。
ニューヨークは初めてだから。どこか行きたいところあるか?と尋ねられて。
検屍官のケイ・スカーベッタがニューヨークで食事に行った「ギャラハーズ」に行きたいと言うと。
またアホなことを言い出すと言う顔をしたが。
行ってみたら書いてあるイメージそのままのレストランで嬉しい気持ちになったことがある。
そんな思い出を持っているからこそ余計に。。
この異邦人はあまりにもつまらなくて残念な気がした。







[PR]
by fusk-en25 | 2018-10-31 08:06 | 本を読む | Comments(4)
f0221050_09361182.jpeg

このところ読書三昧に耽っている。
友が10冊ばかりの文庫本を持ってきてくれて。。
色々なジャンルの本をパラパラと拾い読みして。
いつかそれぞれに嵌っていくのは至福の楽しみと言えるかもしれない。
何しろ物心ついた頃から遊び友達がいなくて。
「本だけが私の友達」と言えそうな環境だったが。
それでも戦後すぐの状況の中では子供の読める本はまだ出版も少なくて
いつも本には飢餓状態だった。。
だからどんな本でも飛びつくように読んでいた習性が
今だに本を見ると舌なめずりしそうな気持ちにはすぐになってしまう。

前置きが長いが。
西加奈子の本は初めて読んだ。
初めて読む作者はまた嬉しい。
新しい靴や服を履いたりきたりする感覚に少し似ている。
「サラバ」を
読み始めたときは。あまりの淡々とした語り口に戸惑いながら。。
いつの間にかそのなんでもないような文体が体に纏わりつくような気分になった。
ぐーっと引きつられて読むような感じではない。
知らない間に深々とその中に入っていったというのか。
不思議な雰囲気に自分自身が嵌っていくような。
それでいて何か懐かしいような変な感じだった。
山や川がない小説といったら失礼かもしれないし。
帯に書かれているような「あなたを魂ごと持っていく物語」というほど大層なものでもないが。
それでいて何か忘れられないような気分が残る。
出てくる人物が一人一人それほど強烈でもないのに(変な人はいるが)
またそれなりに彼らが物語を果たしているのだと思えるような役割をしていて。
青春小説らしい?のに、青春小説的な暑苦しさも青臭さもあまりなくて。。
楽しく読めた小説でした。










[PR]
by fusk-en25 | 2018-10-30 09:39 | 本を読む | Comments(6)
f0221050_08234913.jpeg

夏に辻村深月の「ツナグ」を読んだ。
それなりに面白かった。https://kiramekuhi.exblog.jp/29992317/

辻村深月は。このツナグを読んだのが初めてで。
他にどんなものを書いているのだろうと興味も沸いた。
新しい作家に出会うとその作家の文庫になっているものを全部読みたくなる癖もある。
著作リストを眺めながら。。
さてどれにしよう?
10冊ほどの文庫の中から。
直木賞候補になった「ゼロハチゼロナナ」山本周五郎賞の候補の「本日は大安なり」
そして賞の候補にはなっていないが題に惹かれて「太陽の座る場所」を選んだ。。

読み出して。
引き込まれるまでには。。なかなか辿り着かず。
これまた悪い癖だが。この3冊を少しづつ行ったり来たりして平行に読んで。
一番最初にハマり出したのは太陽の座る場所だった。
ふーん今の?というか学生はこんな風な人間関係が。それも女子の間で起こるのかと
正直なところかなり不思議な感じの世界だった。
私自身の高校の時から思えば。。もちろん時代も違うからだろうが。。
女の子達はこんな考え方をするのかと少し驚きもした。
恩田陸や北村薫の学園ものから考えてもまた違う感じで。。
読み物として面白いとしか言えない小説だった。

「ゼロハチゼロナナ」も「本日は大安なり」も
よく考えた小説の趣向だなとは思う。。小説としてもそこそこ面白い。
でも。。
また次に辻村深月を読むかどうかはわからない。。









[PR]
by fusk-en25 | 2018-10-08 08:26 | 本を読む | Comments(4)

ツナグ。。

f0221050_08373255.jpeg

「今年のパリは暑くて。。結局2冊しか読めませんでした」
と本読み友達が置いていった2冊の本。
川上弘美の「東京日記」と辻村深月の「ツナグ」
川上弘美は好きな作家で今までにも何冊も読んでいるが。https://kiramekuhi.exblog.jp/28033983/
辻村深月は初めだった。
その「ツナグ」
あの世の人とこの世の人間がたった1回だけ要望すれば会える。
その間を取り持つ使者がいて彼のことをツナグと呼ぶ。
お盆にぴったりの話ではないか。。

読んでいて。自分自身なら誰に会いたいかときっと誰でも考えるだろう。
私にも一人会いたい人がいる。
それが早くに亡くなった父でもなく。。
長年連れ添った夫でもなく。
私を赤ん坊の時からひたすら愛しんで育ててくれた祖母でもない。

私が生まれる5年前。55歳で亡くなった大叔母である母方の祖母の姉に、
会いたいと以前から思っていた。
祖母の生まれた年に祖母の家は曽祖父の弟の負債(それもなんと博打の)の保証人になって
田地田畠家屋敷を取られて没落したという。
赤ん坊の祖母はいい。その後に生まれた4人の弟や妹は豊かな時代を知らないからそれもいい。
家が没落した時に8歳だった大叔母が
その境遇のあまりにの変化をどう受け止めたのかを知りたい。
どんな気持ちだったのだろうと。
祖母の話によると早くに木場に嫁に行き。(おそらく14、5歳で)
事あるごとに実家に物を運び。
祖母が就学する準備は「姉さんが全部用意して持ってきてくれはった。」
と懐かしそうに話した。
写真を見ても祖母のそばにいつも大叔母が一緒に写っている。
子供心にどんな人だったのだろうといつも私は想像していて。
私が生まれる前に亡くなったのがとても残念な気持ちでいた。

ツナグの設定なら。。
あの世の人も要望したこちら側の人間を選ぶ権利があるという。
断られる可能性もあるのだ。。
でも私は。。
大叔母は絶対私に会うだろうと思う。
祖母をそして私の母を溺愛していた大叔母が。
その子供である私に会いたくないはずがない。

本当は。。
その頃にタイムスリップできるならもっといいのにと思う。
明治28年から後の20年間ぐらいへタイムスリップできたら。
母方の祖父母の青春も?
父方の祖父母のアメリカに移住した経緯もわかるのに。。

お盆だからではないが。。
タイムスリップでなくても祖先の話をもっと聞いておけばよかったと。
今更悔やんでも仕方がないが。。
祖父母やそれにまつわる人々がしていた話を
何故もっと真剣に突っ込んで聞かなかったのだろうと
とその頃。全くそんな知恵のなかった私自身にたまらなく悔しい気がする。


午後9時40分。
日没のほのかな赤さの残る空に。。
綺麗な三日月が浮かんでいました。

f0221050_08374491.jpeg








[PR]
by fusk-en25 | 2018-08-15 08:51 | 本を読む | Comments(6)

鞍馬天狗。


f0221050_06233783.jpeg

昨日の昼過ぎから。。時々背中が痛い。。
50肩などと言う年齢はとっくに過ぎている。。から違うし。。
寝違えたとも思えない。。
あっそうだ。
一昨日ネットで注文をした猫の砂18キロの袋が
下の管理人室に届いていたのをエレベーターから家まで引きずってきて。
家の玄関からベランダの端まで持ち上げて運んだ。。
その上にベランダも掃除して。鉢の土も入れ替えて。と。
ちょっと激しく?動いた所為か?
これしか思い当たらない。。きっとそれが原因なのだろう。
じっとしていれば痛みはない。それを言い訳にして。。
自転車に乗るのも休み。本を読みだした。

軽いものを読みたくて。
本棚を物色して大佛次郎の古い「鞍馬天狗」を引っ張り出した。
30年ぐらい前に江戸好きの?友達が持ってきてくれた「鞍馬の火祭」
その時ももちろん読んだのに。内容はすっかり忘れている。
ほんの少し言葉にリズム感が少ない感じはするが。
それなりに面白かった。
鞍馬天狗の映画は観たことがない。
遠い昔の子供の時に、紙芝居で1度ぐらい観たかもしれない。

続きに。。
戦後に書かれた「鞍馬天狗の新東京絵図」も読んでいる。
こちらの方は、言葉運びもすんなりして。。
江戸が明治に変わった場面を戦後の混乱期に重ねて。。
ものや人間を見ているような感じが好もしかった。
彼の作品は「パリ燃ゆ」や「帰郷」も持ってはいるが。
一番好きだったのは「冬の紳士」だった。
これももう一度読んでみようかと思ったりもしている。。

入道雲でもなく。。うろこ雲でもない。
形の面白い雲が。空一面に張り付くように浮かんでいた。

f0221050_06232190.jpg





[PR]
by fusk-en25 | 2018-07-19 06:37 | 本を読む | Comments(4)

文藝春秋を。。

f0221050_06585423.jpg

今回の芥川賞受賞の人気作
「おらおらでひとりいぐも」を読みたいと思っていた。
3月末に友が来ることになって掲載されている「文藝春秋」を持って来てもらった。
「おらおら。。」だけをまず読みたいと思っていて。
重量があるから雑誌の中のその部分だけを切り取って持って来てくれてもいいと言ったのだが。
せっかくだからと雑誌をそのまま持って来てくれた。
何年ぶりだろう月刊雑誌を読むなんて。。
文庫本以外の本は重量から考えてもとても手が出ない。
受賞作を読む前にあちこちページをくって、拾い読みもして。。
大いに楽しんだ。

さて「おらおらでひとりいぐも」
うーん、この作品が人気になるのはよくわかる。
これからの私たちが抱える課題でもあるし、何より東北弁のうまさに引き込まれた。
だが。。もしもこれが東北弁を使ってなかったらどうだろう。。
迫力ないだろうなあ。通り一遍の老いの繰り言に終わってしまう。
私自身もこの主人公の桃子さんに。状況は似ている。。
夫を十年近く前に亡くし。一人暮らしのつまらなさは嫌という程知っている。
でもなんとなく。ちょっと違うなあという気がした。
桃子さんはやたら色々な人格というか声を自身の内部に飼っていて。彼らと対話する。
それもよくわかるのだが。。
夫が亡くなって。常に夫と対話をしている部分は私にもある。
「あんたやったらこうするやろうなあ。。ほんでこんな風にも言うやろう。」と。
だがしかし。。それは本当にそうなのか?
夫が本当にそうするだろうか。。
40年近くしかもほぼ24時間起居を共にして来た私たち夫婦。
大体のことは予想がつく。でも本当に夫はそんな反応をするだろうか?
その不確かさに。。死者と対話することに実は私はもう飽き飽きしている。
どんな違った意見でもいい。喧嘩になってもいい。
生の声が聞きたい。本当の答えを知りたい。それも正確なことを。。
もう私は。。生きている人間とだけ付き合いたい。。とつくづく思っている。

私は専業主婦?をやっては来たが。。
家族のために家事をやっていたのではない。
たまたま家事が面白くてやっていただけで。
もしも家事以外にもっと面白いものに出会ったら。
夫や子供など捨ててもさっさと私ならそれをやるだろう。
夫が亡くなってはじめて桃子さんが自由を得た気分は。。だから私にはわからない。
夫が居ても居なくても。常に私は私自身で考え。。
ある意味で元々自由に生きて来た自負のようなものはいくらか持っている。

期待しなかった「百年泥」の方は面白かった。
泥をかき回して。。その中から捨てたのや拾ったのや。
悲喜こもごもの記憶が浮かび上がって来て。。
しかもセンチメンタルではない。あっけらかんとした泥の中からの形ある?記憶。
インドを題材にした空気の渇きまで伝わって来るような
一種の清々しさ。。おおらかさまで私には感じられた。。





[PR]
by fusk-en25 | 2018-04-05 07:21 | 本を読む | Comments(8)

ミーハー的?

f0221050_07565776.jpeg

今更。。とかミーハー的やなあ。。とか思わないこともなかったが。。
やっぱり読んでみようとイシグロ・カズオを読みだした。
ノーベル賞に決まった直後は本屋にもネットにも全く彼の本がなくなったと言われたが。
今はまた増版されたのか。。どっさりあるらしい。
30年近く前に出版された当時に「女たちの遠い夏」と「浮世の画家」はすでに読んでいる。
この2作ともイギリスで賞をとっている作品だが
読んでいた頃は。。私には合わない小説と言う印象が強かった。
だから。。次のブッカー賞をとった「日の名残り」は読まなかった。

12月の半ばに
ハヤカワepi文庫の8冊をすでに読んだ2冊も含めて送ってもらった。
その8冊。。
何から読もうか。。本を前にするといつものことだが
しばらくはまるで舌舐めずりするかのように。。パラパラ開けては閉めて。。
あちこち本を眺めることを繰り返す。

タイトルに惹かれて。「わたしたちが孤児だった頃」をまず読みはじめ。
続きに短編の「夜想曲集」を。
どちらも少し物語に飛躍しすぎるきらいやドタバタの感じもしないではないが
かなり面白かった。
ついで「わたしを離さないで」。。読み出すとぐんぐんのめり込んでいく。。

以前読んだ2冊は何故合わなかったのだろう?
「遠い山並み・・」と「浮世の画家」には。東洋的な情緒が書かれていると言われる。
読み直した感想としては東洋的なのではなく。
作者が彼自身のアイデンティティを探していたのではないか?と。
彼自身が表明しているように。5歳までしか暮さなかった日本の長崎。
彼自身が知っていると思える場所でありながら。実は想像に過ぎない場所になってしまっていて。
日本人の私から見ると。その5歳で終わっている日本人感覚が、
実際に日本に暮らしていた私の皮膚感覚と少しずれている感じがして。
読んでいる途中どうしてもイライラしてしまう。
その反面。
「わたしを離さないで」は悲しい切ない話なのに。。
ハッピーエンドが好きな私としてはこの悲劇的と思える話も。
あまり暗い印象は持たなかった。
私自身が知らない世界を想像することにより。。ファンタジーや時代小説の感覚で読めたのだろう。

私の息子も6歳からフランスに住み。フランスの教育を受けた。
私自身にしてもこんなに長くフランスに住むなどとは思わなかった。
「ちょっと長い目の旅行」をしているぐらいの気軽な気持ちが。いつのまにか時が経ち。
息子はフランス社会で暮らしている。
そのことに私は。。おそらく夫も息子に負い目は感じている。
自分の意思で住み始めた私たちと違い。息子は無理やりここに住まわされた。
この社会に適応するために幾らかの苦労もあっただろうし。
それ以上に「自分のアイデンティティはなんだろう?」と再三考えたには違いない。
母国語の日本語を息子は話すことも読むこともできる、
しかしそれで小説を書くほどには日本語が堪能にならなかった哀しさも幾らか味わっていると思う。
それがいいとか悪いとかの意味合いではないとしても
もしもずーっと日本に暮らしておれば全く考えなくてもいいことを無理に強いたのは私たち親である。

イシグロ・カズオを読んでいると
日本のことが書かれた2冊は再三 彼自身が自分は何なのか?と
問うているような気がしてならなかった。
それが「わたしを離さないで」が書かれた頃には
人間だから何人でもどこに住もうといいじゃないか。。
とふっきれるような明確な彼の意思表示が現れてきているような気が、私にはする。
「日の名残り」はイギリス人の好む話だと思う。
偉大な英国、よりよく世界が動く様にいい(イギリス)人たちが舵をとろうと考えている世界、
イギリス人の最も好むユートピアが全面にあふれている話ではないだろうか。

さて。。「忘れられた巨人」はこれから読むのだが。。
どんな展開になっていくのか。。どんどん楽しみにはなってきた。





More
[PR]
by fusk-en25 | 2018-01-26 08:20 | 本を読む | Comments(4)

雪からの。。

f0221050_07353029.jpeg

午後5時40分。
日没と入れ違いに。。建物の真上に三日月が光る。
ただし、この日も朝から鬱陶しくて。時々雨も降り。気温も13度と冬にしては暖かいが。
この三日月もほんのわずかの間だけ。。30分ぐらい瞬いただけだった。。

関東地方に。
それも東京に大雪警報が出ているという。
「食料品を多い目に買いました」と書かれているのを読んでいて。
随分前に(30年ぐらい前だったか)
読んだジュディス・ゲストの「愛が満たされるとき・Second Heaven)の1シーンを思い出した。
主人公が3人(中年の男女と少年)で構成されている物語だが。
女主人公と少年が初めて出会った時。雪に降り込められて。女性の家に泊まる。。
その翌朝、
食品棚をあちこち開けて。。彼女が買い置きの食べ物を探すシーンが。。
「オートミールがあったわ。あら。プルーンも。これを柔らかく煮て朝食に食べましょう。」
台所中色々な食べ物を探す女主人公。
なんて事のない場面だけど。妙に心に残っていて。
この東京の大雪警報を見ていてふと思い出した。
読んでいる時にも。
もしも私ならどうするか?と考えたことも。。
別に特に備蓄としての食料品を準備しているわけではないが。
最低水と電気さえなくならなければ。
今なら粉と水とイーストがあればパンは焼ける。クレープも作れる。
乾物の豆を煮てもいい。。
冷蔵庫に何もなくなってもお米があるから。。炊けばおにぎりは食べられる。。
1週間ぐらいなら食いつなげるか?と。
以前、それを誰かに話すと。ここなら1ヶ月ぐらいの備蓄はありそうだと笑われたりした。
そう、ワカメの味噌汁も飲めるしねえ。。

ジュディス・ゲストの1作目「アメリカのありふれた朝・Ordinary people 」 も好きな小説だった。
どちらもごく普通の?アメリカの人たちが暮らしの中で起こりうる様々な事に対処していく様が
実に柔らかく書かれている。
それにしても2冊とも原題のさっぱりしたいい感じに比べて、
なんと邦題は甘やかなものが使われているのかと。
ちょっと憤慨しながら読んだ時には思っていた。


f0221050_07355236.jpeg



More
[PR]
by fusk-en25 | 2018-01-23 07:55 | 本を読む | Comments(2)
f0221050_07002915.jpeg

本の中を彷徨っている。
「片付けないで古い本を読み耽ってるのとちゃうか?」
私ならありそうなことだと息子が笑う。
「やってへんって」と言いながらも、
本当は積んである本をパラパラめくりたい。。誘惑にはかられる。

2週間ほど前に整体に行った時。
施療士に
「ちょっと体が草臥れている。ヴァカンスなんだから、動くのもゆっくりにしたほうがいい」
とは言われていた、
私自身、疲労感の意識はさほどないのだが。そんな風に言われると
「言い訳」ができて。
普段なら昼間は読まないことにしている本も。
これ幸いと堂々と寝そべって読みふける。

しかも川上弘美の長編「水声」をもらった。
元々好きな作家だから食いついて読み出した。
「ああ彼女はここまで来たのか」というと変だが。
気持ちに染みいるような小説だった。
普通から見れば妖しげな、どちらかと言えば「いかがわしい」とさえ思えるような状況を。。。
なのに。その中にいる主人公たちがあまりにも人間としては健全な。
寧ろ清々しいような感じがして。心が深く揺すぶられる。

川上弘美を初めに読んだのは
確か「センセイの鞄」だった
あの温かな人間関係に惹かれて。文庫になっている本はほとんど読んだ。
数えてみたら17冊。
「古道具屋 中野商店」や「どこから行っても遠い町」も好きだったが。
センセイの鞄の頃のどこかまだ少し舌足らずな。
これだけは書きたいという思いの方が幾らか先走っていたような。
そんなものがこの「水声」からはすっかりなくなって、透き通るような感じがした。


[PR]
by fusk-en25 | 2017-08-08 07:04 | 本を読む | Comments(0)