この空はすごかった。
2024年 11月 29日

これはすごかった。
真っ赤な空。ギンギギラギラ夕陽が沈む。。
と思えるような空。
もう何ヶ月もこういう夕焼けは見なかった。
久しぶりに夕焼けという感じがする。
しかもこの日は朝から晴れて、
「快晴。。快晴」と騒ぎたくなるような一日、
ずっと降り続いている雨のせいで空気は澄んでいる、
気温こそ少し低いが。
それでも最高気温は9度だった。
ところが、
下の孫が数日前から風邪をひいて。峠は越したものの。
主治医に相談すると、
子供本人の旅行は大丈夫だが。近頃のウイルスの伝染の持続性?を考えると、
私の病状を知っている医者は私に感染る可能性の方が心配だから。
会うのはやめた方がいいと言われて、
仕方なく孫と母親は友達の家に泊まり。
息子だけがうちに来て泊流という変則的なことになって。
と言うことで、みんなが来なくなった代わりに
「パン焼いとく?」と訊くと、
「欲しい」と言うので。
今回のパンは。下の孫のサイズに合わせて小さめ丸パンにレーズンも入れたものにして、
半分を土産に持たせました
息子たちは、植物園内にある恐竜博物館を見学して。
夕刻には、植物園が毎年行う光の祭典(今年の主題はジュラ紀の動物?)を
見に行って。
たまたま通りかかった本屋で、日本の絵本が翻訳されたものを見つけて買ったと
写真を送ってきました、
多摩丘陵の谷戸の話ですが、
なかなかいいお話のようでした。
内容を検索してみたら。多摩丘陵の昔から現在に至る歴史的な絵本で。
単に「昔はよかった」というノスタルジックなものではなく
昔の生活状況の変遷をたどりながら
今はこんなになっているというところまで出ていて
絵本にしてはきちんと生活の流れが書かれているのがいい感じでした
こんな日本の絵本も翻訳されてるねんなあと私が言うと。
近頃は漫画だけでなく絵本もいっぱい訳されていて好評らしいです。
孫たちが来なかったので。前日から炊いていて
息子と私が食べ残したおかずの大根と豚肉の煮物は。白菜の漬物やサラダと一緒に
今日のお昼に私が食べました。

私の母の誕生日で、18年前に死んだが
もしも生きていれば今年は100歳だった
息子は6歳まで一緒に住んでいて。
母(彼には祖母)の記憶も思い出も幾らかも持っているようで
昨夜は二人で。
母の話をしていた。
ある意味でこう言うことも「いい供養になった」と言えるかな。。
と二人で笑ったのでした。
見事な 燃えるような夕焼けの見本?の
ような空ですね
孫ちゃんたちとも 一緒にfuskさん手作りのご飯を食べたかったでしょうが、、
ちょっと残念でしたね
下の孫ちゃん 植物園の?綺麗なイルミネーション見て なかり?テンション上がったのでは?
風邪こじらせないと いいですね
お母さんの思い出話 息子さんとゆっくり
出来て 良かったですね
こういう供養のしかたは より亡くなった方が 喜ばれるのではないかな と思いますよ
ような空ですね
孫ちゃんたちとも 一緒にfuskさん手作りのご飯を食べたかったでしょうが、、
ちょっと残念でしたね
下の孫ちゃん 植物園の?綺麗なイルミネーション見て なかり?テンション上がったのでは?
風邪こじらせないと いいですね
お母さんの思い出話 息子さんとゆっくり
出来て 良かったですね
こういう供養のしかたは より亡くなった方が 喜ばれるのではないかな と思いますよ
3
> アンジーさん
本当はもっともっと真っ赤かなんですが、
うまく写らなくて、
残念でした。
刻々と色もかわりますしね、
見ている私はとっても楽しかった。
上の孫は学校があるので一人留守番になったのですが。
17歳になったらそれもできるやろうと、笑いました。。
下の孫はいっぱい歩いて食べて、風邪も終わったみたいです。
たまたま母も生きていたら100歳ということで。
もう歴史になりそうな時間やなと笑いました。
本当はもっともっと真っ赤かなんですが、
うまく写らなくて、
残念でした。
刻々と色もかわりますしね、
見ている私はとっても楽しかった。
上の孫は学校があるので一人留守番になったのですが。
17歳になったらそれもできるやろうと、笑いました。。
下の孫はいっぱい歩いて食べて、風邪も終わったみたいです。
たまたま母も生きていたら100歳ということで。
もう歴史になりそうな時間やなと笑いました。
by fusk-en25
| 2024-11-29 03:52
| 空を眺める
|
Comments(2)






