
須賀敦子さんの夢を見たのはその後。。5月なかばから。6月中、
松山巌さんの「須賀敦子の方へ。。」を一緒に読みながら。
持っていた彼女の、、遠い朝の本たちをはじめとして。須賀敦子全集やユルスナールの靴。トリエステの坂道など10数冊の本を、読み耽っていた、
イタリア三昧というか、私はローマに行ったことはないから、ローマでは一緒に歩けなかったが
ミラノや。ヴェネツア、フィレンツェなどの街を彼女と一緒に歩いているような心持ちで読んでいた。
その前、1973年に。パリから南仏にかけて1歳の赤ん坊(息子)を連れて1年間放浪に近いような暮らしをしていたことがある。
父方の叔父がパリに来るから会いたいと言ってきて。
たまたま当時持っていた国際学生証を使うと。飛行機にも安く乗れることを見つけて。
ニースの国際学生事務所に行くと、ニースからパリへの直行する飛行機はなかったが。ミラノからパリならあるということだった。
少し?(かなり)遠回りにはなるが。行ったことのない。ミラノ経由でもいいということにして
南仏から列車に乗ってミラノとベネツア経由でパリに行くこtにした。
たまたまそれがまた、イースター休暇の時期にあたっていて。
ベネツアのサンマルコ寺院の広場には。
イタリア各地からきた観光客が溢れていて、
息子を見たイタリア人が
「日本人の子供なんか生まれて初めて見た。一緒に写真を撮らせてくれ」と
何人もに押しかけられて。何枚も何枚も写真を撮られたことがある。。
今から思うと肖像権なんかあまり言われない時代だし。SNSで発表する時代でもなかったから
そんな風に写されても何とも思わなかったが
おそらくその写真がイタリアのどこかの家のアルバムに残っているのではないかと思うと。
ちょっとおかしいようなクスッと笑いたいような気はする。
夫が写真家でありながら。家族写真のようなものはほとんど写さなかったので
我が家には家族写真はあまり残ってないのだが、
夫が自ら紙焼きもした息子の白黒の写真がアルバムには貼られている、
やっとなんとか歩き出したものの、(前年の9月にパリに来るまでは歩かなかった)
まだまだおぼつかない足取りながら、いかにも歩いているのを誇らしげな顔の息子を見ていると、
50年近い時間をあらためて思うと懐かしい。
須賀さんのヴェネツアの宿を読みながら。。そんな日があったことを思い出していたのだが。
今回十数冊を読み返してみて、一番面白かったのは。
ユルスナールと須賀敦子の文章を互い違いというか織りなすようにして書かれた「ユルスナールの靴」で。
前に読んだ時にはこの小説がこんなに精緻なものだとは思わなかったのだから。。
一体私は。。その時はどこを読んでいたのだろう?と思えるぐらいにあらためて読み返しても
新しい発見があって素晴らしく楽しい本だった。
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