煌めく光の中で


by fusk-en25

100歳の。。(暮らし部門)

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1917年1月30日。
北米合衆国、オレゴン州、ワシントン郡、ビバートン市で父は生まれた。
祖父母がその10年ぐらい前(明治40年頃)に渡米して、開拓農民?として入植したらしい。
なぜまた寒さの厳しいオレゴン州なんかに入植したのかとは思うけれど。
その頃カリフォルニア州は黄禍政策をしていて入れなかったからだろうと想像はしている。
ただし父が一歳の時には引き揚げて帰国している。

もしも父が生きていれば今日は100歳の誕生日。
1949年の1月30日、32歳の誕生日に亡くなって 祥月命日も同じ日に当たる。

私は2歳10ヶ月になったばかりで、生後8ヶ月から療養生活をした父のことは何も知らない。
早くに亡くなった人にはそれなりの逸話が色々付いて回る。
新聞記者をしていたから、いつもポケットに「記事」を持っている人だったとか。
記事に何を書けばいいのかがどんな場所に行っても瞬時にわかった人だった。。
幼少の頃から家庭内新聞を作って配っていた。。などの。。

若い頃の私はそれがとても怖かった。
自分で知覚できないことがあたかも本当であるかのような錯覚に陥らないかと。
本当のことを知りたい、でも居なくなってしまった者にそれは望めない。
もしも父が生きて居たなら。。。とは絶対に思わないようにはしていたが。
もちろん自分自身でも幾らかのセンチメンタルになる気持ちは抱いていたと思う。
私の人生が変わったことは事実だろう。

結核を発病して、死ぬまでの2年ほどの間に何冊かの日記を書き残している。
単に病気のことだけでなくその頃の物価や、読んだ本。政治情勢。
時には愚痴も。たまには私のことも。

その日記をどうしてもまだ通して全部は読めない。
若い頃からパラパラと拾い読みすることがあっても。。
もうそろそろ解禁してもいいじゃないかと私自身も思うのだけれど。
出してみてはまた今度ねと棚にしまう。

数日前に
本棚の整理をしていて、新聞の切り抜きを挟んだ父の古いノートからポロリと一枚の紙が落ちた。
死ぬ少し前に書いた散文らしい。
もうとっくに父への感傷も何も風化している筈なのに。
読んだらなんとなくホロリとした。

祥月命日と生誕100年に敬意を表して。
一人では絶対に飲まないことにしているビールを今夜は特別にあけた。
酒好きだった父のために。乾杯。


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Commented by pallet-sorairo at 2017-01-30 13:51
画面を拡大して、お父様の文章を読ませていたきました。
お父様は、いつかfuskさんに読んでほしいと思いながら書かれたような気がします。
こうして読んでもらえて、きっと喜んでおられるはず。
お父様とfuskさんの再会に乾杯。

Commented by haru_rara at 2017-01-30 14:28
胸にくるものがあります。
見ず知らずのお方なのに。
美しい文字ですね。

思い出は語る人によってそれぞれ違う面を見せてくれて。
「事実」も関わったひとの数だけあるのかもしれません。

素敵なお父様ですね。
たいせつなものを拝見しました。ありがとうございます。
Commented by nature21-plus at 2017-01-30 20:27
人間って、なんでこうもドラマティックなんでしょう!!。。おめでとうございます。。
Commented by fusk-en25 at 2017-01-30 21:54
> pallet-sorairoさん
父は上海にいた頃、現地の易者に、32歳を過ぎたら長生きすると言われたらしいのです。
その32歳の誕生日に逝ってしまうなんて。。。
その日を目標に生きていたんでしょうかね。。
Commented by fusk-en25 at 2017-01-30 21:57
> haru_raraさん
素敵も何も。。見知らぬ人としかいいようのない。。
だから今でも私は「もしも。。だったら」を信じない現実派になりましたね。
Commented by fusk-en25 at 2017-01-30 21:59
> nature21-plusさん
事実は小説よりも奇なり。。。ですかね。
Commented by ゆき at 2017-01-30 22:56 x
父との思い出に乏しいわたしは、形あるものが残っているのは羨ましくもあります。
まだ解禁出来ずにいるお気持ち、わかるような気もするけど、どうして?とfuskさんに伺ってみたいのが本音です。

文学的で印章深かった お気持ち↓↓
>若い頃の私はそれがとても怖かった。
自分で知覚できないことがあたかも本当であるかのような錯覚に陥らないかと。本当のことを知りたい
Commented by nature21-plus at 2017-01-30 23:28
息子さん。。お父上の真反対してない。。一歳でフランス。。
事実は小説よりも奇なり。。
まったくですね。。
Commented by fusk-en25 at 2017-01-30 23:39
> ゆきさん
父の日記を母が出して来たのは16歳の頃で。
それまでも祖母から父のエピソードは聞かされていましたけれど。
写真も数枚しか見たことがなくて。
どんなつもりで母が出して来たのか?
他者の心情に対して無頓着な性質の母だったから。。よくわからないのですが。
その頃、私自身は不条理と思い込める家庭内事情も色々抱えていましたし。。
郷愁のようなものはできるだけ排除して生きて来た。
その時代の続きのまま。。。今に至る。。。なんでしょうかね。
これではゆきさんへの返事にはなりませんね。(笑)

このトラウマで私は息子が生まれた時に育児日記もあえて書きませんでした。
私が早く死んで、センチメンタルな「物」だけが残るのは嫌な気がして。
Commented by fusk-en25 at 2017-01-30 23:47
> nature21-plusさん
息子は異郷で育ちましたが。父は故郷で成長するのに。
戦時中は、この米国生まれが「敵国生まれ」と言われたと。
母が昭和20年に婚姻届を役場に出しに行ったら言われたそうです。

この敵国生まれが原因か、書いた記事が原因だったかは知らないのですが。
戦中に治安維持法に引っかかってもいます。
「奇なり」の話が多すぎる?
by fusk-en25 | 2017-01-30 11:31 | 追憶 | Comments(10)