煌めく光の中で


by fusk-en25

香しい薄荷の。。

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今はまだ気温も15度ぐらいあるが、週末から10度を切る予報が出ている、
これまで暖かだった分、急に気温が下がると
暖かさに馴染んだ体には堪えるかな?と心配もしている。
冷え込む前に、ベランダの薄荷を刈った。
何年も前に挿し芽をして、枝が枯れても越年して春先にはまた芽吹く。
弱々しく見えても逞しい植物だなあと思う。
小さなピンクに近い薄色の花も愛らしい。
先週からの小春日和にまたすくすく枝が伸びて
綺麗な葉っぱが茂ったから
勝手に乾いた金蓮花に添えて何本かは部屋飾りに吊るしたり。
葉を洗って乾かしたのは。
冬の夜長のハーブティを楽しみにして。
洗っていてもふんわりと薄荷の匂いが香しかった。
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# by fusk-en25 | 2015-11-19 09:28 | 草や花と遊ぶ | Comments(12)

バナナとパイナップル

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マルシェに行ったら、生鮮食料品の店は普段と同じようには出ていたが。
やはりいくらかテロの影響があるのか
香具師のやっている安物の雑貨を売る店はいつもより数が少なかった。

八百屋にちょっと完熟しすぎかなと思えるバナナが
一盛りいくらの籠に入れて売られていた。
産地はフランスの海外県・グアドルップと書いてあったが
ほかの何軒かの八百屋でも同じ銘柄のバナナを安売りをしていたから
今が出荷の最盛期かな?なんて思いながら
お菓子に使うつもりで一盛り買ってきた。
10本2、5kgが2ユーロ。平常のほぼ3分の一ぐらいの値段だろう。
一本食べてみたらかなり甘くて美味しかった。

私の子供の頃はバナナは果物の中でも高級品で
病気見舞いの大きな籠の
下には蜜柑や林檎が詰まっている一番てっぺんにバナナがのっていた。
いつ頃からバナナも安くなったのだろう。
1970年代にはもう高級品のイメージなど全く無くなっていたと思う。

まだ東側と呼ばれてい1980年代のハンガリーに
毎年クリスマスになると必ず旅をする友達がいた。
ハンガリーを亡命してきたピアニストの奥さん(彼女は日本人)で
その頃 まだ故国に帰れない夫の代わりに
ブタペストに住んでおられた年老いた父親にクリスマスプレゼントを
毎年届けに行っていたのだ。
「バナナとパイナップルの缶詰をトランクにいっぱい詰めていくの。
向こうではまだ貴重品だからお父さんの親戚や近所の人が喜ぶのよ」と
当時90歳に近かった父親が彼女と会話をかわす為に
フランス語を勉強されているという話しもしていた。
ハンガリーの老父が亡くなり、
その後日本に住みだした彼ら夫婦も若くして亡くなってしまったが。
バナナの山を見ていて、その頃のほのぼのした話を思い出していた。
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# by fusk-en25 | 2015-11-18 09:40 | 追憶 | Comments(6)
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一ヶ月ほど前 フランス人の友人が電話をかけてきた。
日本映画を観に行ったが、ちっとも理解できなかったと言う。
原作・湯本香樹実。黒沢清監督の「岸辺の旅」だった。
今年のカンヌ映画祭の「ある視点部門」でこの映画が監督賞を受賞したから
話題にもなって観に行ったらしい。
私はちょうどその頃 「岸辺の旅」の原作を読んでいる途中で
映画は観ていなかったが、本を読む限りでは奇妙な話だから、
友人には理解しにくいだろうとは思った。
しかし映画になれば原作とはまた違うイメージの展開になるかもしれない、
原作のややこしさをその時は説明をせずに
「映画を観てから。後で話をするわね」と電話を切った。
それからしばらくして近所の映画館で上映された映画を観た。

3年前に失踪して行方の判らなかった夫が妻のもとに帰ってくる。
夫は言わないがどうやら海に身を投げて自殺したらしい。
その海?から妻のもとに戻るまでにかかった3年間に通り過ぎた街々を
今度は妻と旅をしながら戻ろうと言う。
その戻る道はあの世でなく。現実の世界らしい。
この話のような奇妙な内容なら、
SFやファンタジーの中に異界と交信する楽しい物語はいくらでもある。
私はそんな小説も好きで色々なシリーズを何冊も読んでいるのだが
ただこの話はあまり面白くなかった。
楽しい話ばかりが物語ではない。面白くなくても感銘を受ける事もある。
この映画にはそのどちらも私には感じられなかった。
淡々とこう言う人達もいる世界を歩いているのだと言うことだけで
妻の知りえなかった夫の姿が見えるわけでもなく
何故夫が自殺したのかもわからない。
彼らがたどる旅の間に関わりあう人々の生きている姿や野や山や畑が
私にとって懐かしいような光景と思えるぐらいの感想しか持てなかった。

湯本香樹実の「夏の庭」や「ポプラの秋」は
根底に流れる人間への暖かさが感じられて
どちらも好きな小説だったから少しは期待もしていたのだが。
この岸辺の旅は鬱陶しい内容であまり好きではない。
映画の方はもっとつまらなかった。
この映画を観た友人に説明できそうにもない。
彼女にとってはこの映画の中の風景も人間関係も懐かしいものではないだろうし
私にもこの世の中には奇妙なことも変な?世界もあるかもしれないと言う以外に
この映画のことは全く何もわからなかったのだから。

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11月16日正午。
喪に服す半旗の掲げられている市庁舎に黙祷を捧げるために集まった人々
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# by fusk-en25 | 2015-11-17 07:14 | 思う | Comments(4)

名残の花を。。。

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ここ数日の暖かさで
ベランダの金蓮花がもり返して咲いている。
名残の花だなあと思いながら いくらか摘んでいけてみた。

昨日も今日も
時間がいくら経ってもなんとも落ち着かない気分で過ごしている。
今日はまたもったいないような 晴れて暖かな日曜日だった。
もしもあんなことが起こらなかったら。
公園も森も人で溢れていただろう。
柵が閉められ 人一人いないシーンとした公園を見ていると
なんとも言えない沈んだ気持ちになってくる。

澄み切った青空に沈む夕陽はまた今日も
言いようのないほどの光輝く煌めきだった。
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# by fusk-en25 | 2015-11-16 07:11 | 草や花と遊ぶ | Comments(9)

昨夜の。。。今日

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昨夜の余韻が残っているのか
一日中家にいて、なんとなく何も手につかない ぼーっとした一日になった。
ほどいて洗った毛糸で部屋履きを編んだりしながら。
テロのこともとりとめともなく考えてしまう。

戦争も勿論 起こってはいけないものだが
まだ戦争なら敵が誰なのか把握はできる。
でもテロの場合はそれがない。
ひょっとしたらキャフェで隣り合ってコーヒを飲んでいた人が
突然テロリストになったりしたら。。
どう対処できるのかと思うと
何もできない虚しさを感じるとともに。
テロリストは本人には目的があるのかもしれないが
標的にされた人たちはなんの心構えもなく。あっという間に殺されてしまう
無防備に傷つけられてしまう理不尽さがやりきれない。

と言ってもいついつまでも、日常生活をする上で
テロリストに会わないように暮らすなんて出来ることでもない。
いくら戒厳令を強いてもこぼれ目はいたるところにでてくる。

主義の違いとか報復とか言われてもそれで納得できるものでもない。
もしもフランスがシリアを爆撃しなかったら
絶対にテロは起こらなかったと保証する術もないのだから。

何を信じて何を糧にして生きていけばいいのだろうと
思った一日でもあり。

昨夜からずーっと 沢山の人たちに安否を尋ねて頂いて
それはまた心の暖まる思いになりました。
どうも有難う。
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# by fusk-en25 | 2015-11-15 09:40 | 思う | Comments(5)
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私がメールを出している最年長の相手は92歳の友人の母上だが
10年ぐらい前に友人たち親子間で携帯電電話のメールを
使い出されたのが始まりで
その頃は私も時候の挨拶や互いの誕生日のお祝いメール程度の交信だった。
5年ほど前に携帯電話に加えて「ipad」も使われるようになってからは
出す回数を少し増やして
週一回ぐらいの割で写真も添付したメールを書き始めてはいた。

今から2年前、自宅で転ばれて大腿骨骨折をされる事故が起きた。
マンの悪いことに、血液をサラサラにする薬を服用されていたから
すぐには手術もできず3ヶ月以上の長期入院になってしまわれた。
耳も少し遠くなられていてテレヴィも見るのも不便なようだし
退屈されているだろうなあと思ってもいて
病院内では電話は禁止されているがメールなら可能と聞いて。
本を読むのは面倒でも私信なら読まれるかと毎日メールを書くことにした。
返事は要らないと言ってある。

一方通行のメールだから
今日何を食べたとか、天気が悪いとぼやいたり。綺麗な夕陽だったとか。
ごくごくつまらないことを何行か書いているだけだが
それでも楽しみにしていると言ってもらえたので、
退院されてからもこの2年間毎日書き続けている。
もうこうなると、形では私が相手を伺う状態になってはいるが
もしも私が書かなかったら「どうしたのか。病気か事故か」と心配されるだろうと思うと休むわけにはいかない
そうなると、今度は反対に一人暮らしの私の安否が
メールによって確かめられる利点まで出てきた。

インターネットの普及は確かに情報過多になって弊害もあるのだろうけれど、
またこんな風に使えればいいかなと思ったりもしている。
メールだから毎日も書けるけれど、手紙ならきっと出来なかっただろうから。
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かなり大規模なテロが11月13日の夜に起こった様子です。
こちらでもまだ詳しいことはよく判らないのですが。
簡単に武器が手に入りテロが起こりうるのが恐ろしい。
こればかりはそれに対してなんの対策も立てられないのが現状で、
できるだけ「自宅待機?」をしてもらいたいとの政府勧告は出ています。
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# by fusk-en25 | 2015-11-14 12:05 | 思う | Comments(16)
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干す前はかなりの量のつもりだが
干し上げると大根もなんとも「ままごと」のような少なさになって
いつももっと干せばよかったと思う。

実は家事一般のことを私は 「ままごとの延長」だと思っている。
もしも私にとって家事よりやりたい面白いものが他にあったら。
とっくの昔に家事なんかやめてそれをやっている。
幸か不幸か今までは面白かった
随分以前だが倉橋由美子が
家事のような面白いことをやめなければならないなら
小説家をやめたほうがいいと書かれていたのを読んで。
その気持ちに近いと思ったこともある。
そんな感想を話すと、
多くの女友達には嫌な顔をされる。
中には「あなたは好きなんだから、好きな人はいいのよ」と言われたこともある。
でも「好きだから」やっていると言われてしまうとまたちょっと違う。
嫌いなら絶対にやらないから嫌いではないのだろうし。
家族に必要だからとやっているわけでもない。
正面切って「好きなんです」と言うようなものでは決してなくて
もしも料理が嫌いだったら外食にしたらすむ事だから
そういう割り切り方も実は平気でできる。
家事はきっと誰かからああしろこうしろと指示されずに
私が思ったことができる気ままさが条件になっていて
その上に、何か新しいことを試しにやってみれるから
今までやり続けてきたのだろうと
もしも同じことばかりやらされたらきっとやらなかった。。。などと
とりとめないことを考えながら
ちょっぴりの干し大根や高野豆腐を煮ていた。
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# by fusk-en25 | 2015-11-13 08:51 | 思う | Comments(20)