煌めく光の中で


by fusk-en25

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春の嵐か。。

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じゃじゃぶりの雨かと思うと。
ぱーっと光が差して来て。
晴れるのかと思う間もなくまた翳り。
強い風が吹き荒れて。
時々雷の音もする。。。春雷かな?

春の嵐と思えるような一日中変化の富んだ天気だった。
窓辺のガラスもその度に小さな雨水をポツポツつけたり
時々ザーッと真っ白になる程の雨水が跳ねる。

外に出る気になれないような空模様だったが。
内から見ている分には。陽差しもいくらか春を感じられて。。
雨粒もまた綺麗な光景だった。

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by fusk-en25 | 2017-02-28 07:41 | 空を眺める | Comments(4)

山の芋を買って来て。

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お昼に「山かけそば」を食べた。
蕎麦は、日本から送ってもらった山形の乾麺だが、ヤマノイモはアフリカ食料品店で買った。
椎茸と、かつおの出汁でたっぷりのつけ汁を作り。
零下でも生き延びた?ベランダのアサツキのようなネギを刻み。
蕎麦には直接ヤマノイモをかけずに、別の鉢に入れて生卵を落とす。

ヤマノイモをすっていて舅の好物だったのを思い出した。
パリでもヤマノイモが買えて、時々山かけご飯を作ると手紙に書いたら。
舅が小さい頃に母(舅が11歳の時に亡くなっている)がお正月の2日には子供たちが好きだからと
やまかけご飯を作ってくれたことを思い出して懐かしかった。
と書かれた返事が来て、一緒に小さな青海苔の袋も封筒に入れてあった。

普段は料理など、台所にも入ることさえしなかった舅が
山かけご飯の時だけ手伝っていた。
姑が抑える大きなすり鉢にそろそろと熱いだし汁を入れながら
舅が芋の硬さを加減して、ゆるゆるとすりこぎを回していた和やかな光景さえ浮かんで来た。
あのふわふわしたほの暖かな山かけも。美味しかったなあと。


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by fusk-en25 | 2017-02-27 08:40 | ままごと | Comments(2)

拾われる。。

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引き出しを整理していたら。古い手帳が出て来た。
1973年9月。
この時に見つけて住んだアパートの住所が書いてある。家賃らしき記載も見える。
なんとも懐かしい気持ちになって、フランスに初めて着いた朝を思い出した。

早朝。1歳の赤ん坊を連れてオルリー空港についた。私たち夫婦は27歳だった。
なぜこんな赤ん坊を連れてまで旅行に来たのか?と思うが。。。
今でもわからない。その2年前に「パリにでも行かない」と、
その頃流行していた?ソ連経由の飛行機で夫と二人で来る筈だったのが。
日ソツーリストに飛行機を予約した直後に妊娠してしまい。
しょうがなく旅行も取りやめ。
せめて赤ん坊も1歳になったら歩くだろうと日時をずらしての旅立ちだった。
フランスに憧れていたのでもなく
「ちょっと長めの旅をしてみようか」程度の軽い気持ちだったと思う。

いい加減さはまた輪をかけていて。
乳飲み子を連れているのに。ホテルの予約も取らずに来てしまった。
その時代。ネットというものもなければファックスさえ使われておらず
唯一、テレックスがあっただけで。
しかもテレックスでホテルを予約してもらうのは法外に高かった。

飛行機も知人から紹介されたエールフランスの安いチャター便を見つけて、
その時代、なんと飛行機に乗る為に「旅行説明会」なんてものがあった。
親子3人で説明会に行ったら。フランスに度々行き来していた留学生が
「まさか赤ん坊連れの人がいるとは思えなかった」と笑われたが
その留学生も旅行社の社員も、
空港に行けばインフォメーションでホテルは簡単に見つかると言われて
それを鵜呑みにして来てしまった。
それにしても恐怖心が全くなかったのは若さの所為か?
何も知らない無知の馬鹿さ加減?でもあったのか?

さて、空港についた。
たまたま同じ飛行機に知人の女性が乗り合わせて。一緒に入国検査を済ませて
ホテルを探そうとしていた私たちに彼女を迎えに来た人に紹介された。
そのあとがまた不思議なのだが。
迎えに来られた方が、「うちに来ませんか?」と言われる。
「ホテルも取ってないのに。。」とおずおず答えると。
そんなもの僕のうちでやればいいと言われて。
家に連れて行ってもらい。朝ごはんも頂き。ホテルももちろん予約して下さって。
その挙句パリのホテルまで送っても頂いた。
子連れの頼りなさそうな若い夫婦を見かねてのことだったかと今になれば思うけれど。
それ以来その家族とはフランスにいた一年ほどの間、度々家に呼ばれてお世話になった。

この時だけでなく何か困った時になるといつも誰か助けてもらえる人に巡り会うことが多い。
どうやら私はあまりに頼りなげで、見かねて拾ってもらえるのかしら?と思ったりもしている。


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by fusk-en25 | 2017-02-26 07:52 | 追憶 | Comments(10)

駆ける。。

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やっと朝帰りから解放されたのだが、まだなんとなくぼんやりして。。
朝の珈琲を飲みながら。。
ウタウタと、何することもなく。。過ごしている。

2泊3日の泊まりの間に
久しぶりに孫のハンドボールの練習を見た。
いつもは練習場の前まで送って行って、帰ってしまうのだが。

チームに入って2年目。
9月から参加者の年齢が全員9歳以上になり。
最少年チーム(9歳から11歳)のリーグに登録され。毎週一回試合もしている。
最初の頃の試合を見に行ったら。
もうぼろ負けで見られた状態でなかったのが
半年も経つと試合にも慣れて来たのか
この日の練習も私が見てもコンビネーションが決まってきたなあと思える動きになっていた。
チームワークも幾らかできて来たのだろう。

それにしても1時間半の間、休みなく子供たちは駆け回る。
若さというか柔軟性というか
見ていても気持ちが良い光景だった。



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by fusk-en25 | 2017-02-25 18:28 | 思う | Comments(0)

朝の光景。。

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朝帰りの。。朝の光景。
9時に孫を学校に送る。
小学校の横に幼稚園も中学校も隣接していて
この時間になると。三々五々。あちこちから親に送られて子供達が集まってくる。
車で送ってくる親もいて子供達の乗り降りに。
三叉路が渋滞になってもみんなそんなものだと悠長な感じが
朝らしくてまたいい。

昨夜雨が降っていたらしく。まだ空に雲は多いのだが時折朝陽ものぞく。
いつも12階の空ばかり眺めている目には。下から見る朝陽もまた新鮮で
しかも幾らか春めいてくる感じが嬉しい。

旅行もあまり好きでなく。よその家に泊まるのもどちらかと言うと嫌いなのだが
昨夜も寝つきにくくて、寝ているのか起きているのか夢うつつの耳に。
上の階に飼われている犬が夜中に排泄をするためにパタパタと可愛い足音をさせて階段を降りて来たり。
どこからともなく音楽が流れて来たり。。。
朝7時には通りを通る人たちの物音が聞こえ始めたり。。。
違う家に住まうとまた違う物音が聞こえるのだと。当たり前のことながら、
なんとなくそれも心楽しい時間だった。


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by fusk-en25 | 2017-02-24 19:56 | 散策 | Comments(0)

竹の皮に包んで。。

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今日は「朝帰り」でした。
朝帰りにも「後朝の別れの。。」のような色っぽいことが組み込まれているなら。。
それもまたいいのですが。
残念ながら孫守りに。息子夫婦に二人とも出張が入ってピンチヒッターの泊まりになって。
朝、学校に孫を送って。その足での朝帰り。
また夕方に迎えに行って今夜も泊まり、翌朝も同じ朝帰りの予定。。
向こうにずーっと居てもいいけれど。どうも手持ち無沙汰で落ち着かなくて。
帰って来てしまう。片道45分もかかるのに。。

お昼ご飯のおにぎりは「竹の皮」に包んでいきました。
ターッパに入れてもアルミ箔に包んでもいいとは思うものも。
竹の皮の軽さや簡便な割にはこのまま食卓に出しても様になり。
しかも防腐効果もあると言うのが好きで。

機内食が嫌いだった夫と飛行機に乗るときは。必ず竹の皮包のおにぎりをいくつか持って。
ピクニックにも竹の皮は重宝しました。
ただこちらには粽にするような笹はアジア系の食料品店にもあるけれど。
竹の皮は見つからなくて、いまだに日本から送ってもらい。
洗っては乾かして、大事に使っています。
それも近頃は日本でも手に入り難いようで。。なくなったら困るなあ。

古の尾形光琳の逸話ではないけれど。
金蒔絵を施した艶やかな竹の皮。それを川に流したように
私も一度くらい花見の弁当に使ってみたいものだと。
その粋な様を想像もして。。


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by fusk-en25 | 2017-02-23 21:10 | 思う | Comments(8)

呼び名を。。。

孫は私のことを「ばあち」と呼ぶ。
生まれた時に息子が「なんて呼ばれたい?」と私に尋ねた。
母はおばあさんと呼ばれるのを嫌がって息子に「ちゃあ」と呼ばせていた。
大きいママとかグランマ、なんて変な呼び方は嫌だから、おばあさんでいいと言うと。
おばあちゃんにしようと言う、なんでもいいけどそれで結構。
孫はその「ちゃん」がうまく言えなかったのか端折って「ばあち」になったが、
彼が呼びやすければそれでいいと思っている。

日本の名称は難しい。夫のことも
夫。主人。宿六。亭主。旦那。うちの人。彼が等々。まさか今時「背の君」なんてことはないだろうが。
フランスならモンマリ(私の夫)一つで済むのに一体何を使えば適切か悩むことも多い。
名前にしてもニコルとかジャンとかマリーなどのプレノンだけで。
孫以外なら誰もおばあさんなどと呼ばない。
そんなことを考えていて、ふと姑のことを思い出した。

ある日。実家に寄った私に、真剣な顔をして姑が言い出した。
「私なあ、あんたに謝らんならんことあるらしいねん」
「ふうん。おかあさん。なんか悪いことしたん?」
言いにくそうに「あんたのことをF子と呼び捨てにして、
他の嫁さんには「ちゃん」をつけて呼んでるやろ。友達がそれはえこひいきや言うねん。
A美ちゃん(兄嫁)にも聞いたらな。
F子さん(私)が気ぃ悪したはるかもしれませんでと言いやんねん」
ちょっと悄気たような顔をしてボソボソと言う姑を見ていると
おかしくて吹き出してしまった。
「アホなこと。私そんなことちっとも気にしてへんで、
中学や高校の時もあだ名はなかった代わりにみんなに呼び捨てにされてたから」
「そやなあ。。Kちゃん(夫)があんたのことを呼び捨てにするからつい慣れてしもうて。
それになんとなくなあ、ちゃんをつけたらあんたには似合わへんし。よその子みたいな感じになるねん」
とホッとした顔をしたのがまた可笑しい。
自分の息子にはちゃんづけで嫁の私は呼び捨てかなんて私はその時もちっとも思わなかった。

確かに中学も高校も女の同級生は名前を呼び捨てにして、男の学生からは姓を呼び捨てにされていた。
今の歳になると呼び捨てにされていた舅や姑も、母や叔父も。そして夫まで亡くなってしまい。
知人友人も年下が多くなってくると。呼び捨てにされることも少なくなり。
かえってそれもなんとなく寂しいような気がする。

息子の宮参り、両側に嬉しそうな顔をした二人のおばあさんがいる。。。
この時からもう45年も経ってしまった。


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by fusk-en25 | 2017-02-22 07:36 | 追憶 | Comments(12)

ビールを。。

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若い頃。ビールはあまり好きでなかった。
お酒が飲めなかったわけではない。
ビールの苦味が好きでなくて美味しいとは思えなかった。

1973年から4年にかけて。
パリから南仏に移動しながら暮らしていた時期に。
ドイツに行ったことがある。レンタカーを借りて
パリからどこを抜けて行ったかはもう忘れてしまったが。
ミュンヘンまで。アウトバーンを使ってその日は1000km走ったのだけは覚えている。
着いたミュンヘンで、まず大きなビヤホールに入った。
ミュンヘンだからやっぱりビールね。とカウンターで頼んだ。
するとカウンターの一部分が開いて。
どーんと大きなビールの樽がせり上がって来た。
生ビールが樽ごと冷やされていて。そのビールのなんと美味しかったこと。
ビールってこんなに美味しいものなんだと初めて思った。
それ以来。開眼したと言うか。病みつきになったと言うか
ビールも飲めるようになった。

ただこう言うものは嗜好品だから好き嫌いは色々ある。
ハイネッケンやバドワー。フランスでならクロネンブルグなどの
メジャーのブランドは今でもあまり好きでなく、
キャフェでビールを飲むときもその店のテントに書かれたビールの銘柄を見てから入る。
家でも色々飲み比べては、アルコール度の違った好みのビールを何種類か冷やしている。



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by fusk-en25 | 2017-02-21 11:30 | 追憶 | Comments(4)
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ここ数日、穏やかな暖かな日が続いている。
夕焼けもほんのりと冬に比べると赤みを増して。
日没の場所も移動して来た。
春の空とまでは言えないまでも。すぐそばに春のときめきがきているような。
ちょっと心楽しい気分の毎日。。

たっぷりしたサラダが食べたくなって。季節もののアンティーブに胡瓜を和えた、
そば粉を挽いたクレープも焼いて、
中身はツナ缶とエメンタルチーズにみじん切りの玉ねぎ。
付け合わせに人参を千切りにしてひまわりの種をオリーブオイルで炒める。
どれもさっぱりして美味しかった。


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by fusk-en25 | 2017-02-20 07:30 | ままごと | Comments(8)

残り物を集めて。。

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カシミヤ混じりの帽子を編んでいて、
編んでる最中から。
カシミヤが残ったら、他のものを。。マフラーなら編める量が残るかと考えていた。

この時に限らず
いつも何か物を作っていると、作っているものが完成しない前に、
他のことがやりたくなる。

ずいぶん前に読んだからうろ覚えだが。
写真家の西川治さんがミラノに住んでいらした頃。隣人のおばあさんの家が
いつもきちんと片付いているのはどうしてなのか?と尋ねられたら、
当のおばあさんは
「他にどんなにやりたいことがあっても。その日やらなければならないことをまずやるの」と
言われたと、
移り気な私には耳の痛い話で、やれそうでやれない気もするが
できれば理想の一つにしたいと読んだ時には思ったものだ。。

それどころか
残った毛糸をつなぎ合わせたら、違ったイメージが出てくるかと思うと、
編んでる帽子をほりだして。次の物の試し編みを始めたい。
もしもそんなことを実際にやったら、いくつも途中の編み物ができてしまう。
諦めて、また帽子を編み続けて。。さあ、、終わった。

何色から繋いでいこうか。
残り毛糸のグラムをはかり。おおよその検討をつけて、
まず残り少ないカシミヤのオリーブグリンを帽子の残りの紺色に合わせて、
ある程度編んでから。。カシミヤをたっぷり残った薄茶に変えた。
紺色の毛糸をなくなるまで編んで、ほんの少し淡い色の紺色につなぐ、
合わせるカシミヤの薄茶と混ぜたら。紺色もほんの少し淡いだけなのに、編むと意外に目立つ。
最終的に薄茶をギリギリまで編んで。止めにする何段かのガータ編みになってから。
取り分けておいたオリーブグリンを入れて見た。

同じ色の取り合わせと言うのに。
ほんの少しの色の違いが編むとくっきり出て。
編み物を楽しめた時間でした。

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by fusk-en25 | 2017-02-19 08:34 | 手仕事 | Comments(6)