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煌めく光の中で


by fusk-en25

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新しい年を心待ちして。

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新しい年を心待ちして。。。
常緑の豊かさを愛しんで寿ぐ「宿り木」を贖い。
まず扉に。。。居間や洗面所にもいける。

新しい年が良き年になりますように。。。願いを込めて。


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by fusk-en25 | 2016-12-31 20:13 | 挨拶・お知らせ | Comments(2)
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ブログ「梨の木日記」の梨の木さんのアラバマ物語の感想から。
トルーマン・カポーティに繋がって、
この作家の小説は30代で嵌まって読んだ記憶があるから懐かしかった。

特に好きだったのはアラバマ時代と言われる
「草の竪琴」や「クリスマスの思い出」で
有名な「ティファニィで朝食を」はその頃あまり好きでもなかった。
今ならどんな感じに読めるだろうと。
月の初めから古い本を引っ張り出して読み出した。

まず「草の竪琴」を
アラバマの草の匂いまでしてくるなあと思いながら読んでいて。
細部は忘れていても自分の中にイメージが濃厚に残っているのを発見したりして。
続きに「夜の樹」や「カポーティ短編集」も。
短編はどれももう完全に忘れているのだが。
読んでいるうちに変な現象が起こってきた。
普通は読んでいる時点で次々に絵が浮かぶ、
今回はその浮かぶ絵がまだ読んでいないほんの少し先まで見えてくる。
もちろん30年も前とは言え読むのは2度目だから、
以前一度想像した絵がどこか記憶に残っていたのだろうと言ってしまえるかもしれないが、
すっかり忘れている話なのにちょっと先が浮かんでくるのはなんとも不思議な感覚で
それはまた既視感でもない変な状態だった。
本を2度読むことはほとんどないから、再読とはこんな風になるのかと思ったりもして。
最後に、映画にもなって有名なのに
好きでなかった「ティファニィで朝食を」はパスしようか?と思いながらも、
読み出すとこれが意外と面白く「ティファニィで朝食を」はこんな小説だったのか?
と新たな発見をしたような思いがする。
私の年齢からくるのか?それともこの30年近くの間に
西洋の翻訳小説をかなり読んだ結果、アメリカやニューヨークのことが以前より理解が深まったからか?
行きつけのバーの喧騒や匂いまで想像できる気がした。
来年は持っている「冷血」や「遠い声・遠い部屋」も読んでみようか?

読んだ本の感想までは書いていないが
25年前から完読した本の題名だけは小さな手帳につけている。
今年はこの「ティファニィで朝食を」が最後の本で。通算すると3017冊になった。
後何年?後何冊の本?が読めるだろうか。。。


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by fusk-en25 | 2016-12-31 10:14 | 本を読む | Comments(4)
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12月も末だから。と思えるほど気温が低くなった。
夕方には3度になった。
さすがに空気はひんやり冷たい。
気温が下がったせいか。じわじわ霧が立ち込めて来て
夜半には。前の市庁舎が全く見えないほどの濃厚な霧になって。
周りがすっぽり白い靄の中に霞んでしまった。
いつも見慣れた光景が。。こうも幽玄なイメージを抱かされるか?と思いながらも。
実際にはもっともっと白いのよ。と言いたいところが。
写真になるとその景色がそのまま表れて来ないのがちょっと残念な気もする。。

手仕事納めというか。
今頃になって泥縄のように物を作っている。
若い知人に「お年玉」のつもりであげようと。
フランスの人たちのコートは無彩色の黒や紺が多いからちょっと華やかなものがいいかと。
エコーバックとも手提げ袋ともつかない物を縫った。
古い母の若い頃の綺麗な柄の帯を解いて洗い。
裏も母の着物を解いたものを使い。
帯地がしっかりしていたからわざと芯も張らなかった。


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by fusk-en25 | 2016-12-30 12:51 | 手仕事 | Comments(2)
大晦日。
久しぶりに息子たちと「年越し蕎麦」を食べることになった。
いつもは元旦の夕飯に新年を一緒に祝うのだが。
今年はカウントダウンをして、お節で祝おう?という魂胆らしい。

買い出しというほどではないが
気持ちよく晴れた午後。
メトロなら3駅離れたアジア人街まで自転車で行った。
大した道のりではないが。途中にかなりきつい坂が延々と続いていて。
4、5年前までなら途中でへばって、自転車を押して上がった。
今はスイスイとまではいかないが
ノロノロ、ふうふうでもなんとか止まらずに上がれるようになった。
「この歳でもまだ人間は進化?するのやなあ」
「訓練の効果はあるで」と息子は冷やかす。
坂を上っている時には、電動の自転車に乗り換えようか?と時々考える。
でも、もしも電動を買ったら。きっと自力では上がらない。
ならもうちょっと辛抱して「私の進化?」も楽しもうかと思っている。

クリスマスが終わって、マルシェもスーパもいくらか閑散とはして来た。
流石にアジア人街のスーパ。新年の品物でごった返している。
蓮根や里芋、芋茎、蒟蒻など普通のスーパでは売ってないものを購い。
帰り道は下り坂だから、荷物を積んでもスイスイと帰って来た。


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by fusk-en25 | 2016-12-29 08:08 | 思う | Comments(0)
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夕陽がバオバブの木を染める。
8年ほど前に友人が種を蒔き、何本か芽が出た中からくれた木で、
本来の生育条件から考えると乾燥した方がいいだろうと思うのだが。
うちのバオバブはしっかり水をやった方がいいらしい。
あまり水をやらなかった最初は冬場になるとすっかり葉が落ちたのに。
ここ数年、たっぷりめに水やるようになってからは冬になっても青々している。
植物にも順応性があるのか?。。。不思議な気はする。

夕焼けがあまりにも綺麗でいつものように写していた。
知らない間に、100枚以上の写真を写していて
パソコンに取り込んでからが大変だった。
選別が難しい。
いつも写真を写すと悩むのだが。
夕陽のような写真は刻々と情景が変わる。
雲の動きや空の赤さが。ああいいなあと写して、
さてどれを選ぶか?
ピンボケやあまりにも形の悪い雲は削除するとして。
代わり映えがないのは重々承知ながら、できれば全部載せたいと思うこともある。
困ったなと思いながら。。。
なんとかこれぐらいの数にした。

バオバブの後ろにポツポツと灯り出した街の光が
まるでツリーにつけた光のオーナメントのようだった。


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by fusk-en25 | 2016-12-28 08:19 | 住む | Comments(2)
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クリスマスに食べた牡蠣殻を持って帰るというと。
蝋燭を作るのなら。燃え残りもあると息子が蝋の屑を出して来た。
家のは全部油になって燃えてしまうのに、
庭で灯すと気温差があるのかケースにいくらか屑が残るという。

「ふーん、何にするつもりやったん?」
「そのうち溶かそうと思って溜めていた」
溜めるまではするだろう。。誰でも。。
その屑の蝋も持って帰って。牡蠣殻は綺麗に洗って、裏に銀色のペンキのスプレーをかけて置いた。
麻苧を溶かした蝋に浸して芯を作る。
出来上がった芯を適当な長さに切って、燃え尽きた小さな蝋燭の留め金にはめ込み。
留め金を牡蠣殻の中に置いて。
蝋の屑だけでは足りないから新しい蝋もいくら足して。
溶かした蝋を牡蠣殻に流し込む。

ローラ・インガルスの「農場の少年」の中に
母さんが蝋燭を作る場面がある。
あの蝋燭の型を欲しいなあと読んでいるとき思ったものだ。

出来上がった蝋燭を試しに灯してみた。
リサイクルとしてはなんとか形にはなったか?

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by fusk-en25 | 2016-12-27 07:25 | 手仕事 | Comments(2)
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夕飯を友と食べることになって。
クリスマスディナーからずいぶんかけ離れた料理だが。
この間から作ってみたかったキャベツのシードル煮を試作した。

フランスにはザワークラフトに使うような硬いキャベツ。
シュー・ファルシーに使うちりめんキャベツ。
千切りの生のキャベツを使った料理はほとんどないがそれに最も合うとんがったキャベツがある。
そのどれを使おうかとは迷ったが、
早く煮えそうだったし、入れる豚肉も固まりでなく切り身を使うつもりで。
柔らかなとんがったキャベツを使うことにした。

玉葱1個を大きめのみじん切りにしてきつね色になるまで炒め。
その鍋でさっと豚肉3枚炒め、別皿に取り出す。
ざく切りにしたキャベツと林檎2個の薄切りを炒めて、豚肉を戻す。
豚肉についていた骨は外して、フライパンで炒めて、コップ一杯ぐらいの水で5分ぐらい煮て、
その骨もスープも一緒に先の鍋に入れ、シードルを注ぐ。
塩胡椒し丁子を3個入れて40分グツグツ煮る。
付け合わせにじゃが芋を別に蒸して。
元のレシピよりかなりいい加減な作り方だったけれど。
林檎とシードルの甘みがキャベツにも豚肉にも絡みついて美味しかった。

前菜に、トマトのサラダと茸のギリシャ風炒めを食べて。
デザートは昨日の残りのロールケーキとジャスミンティにした。

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by fusk-en25 | 2016-12-26 09:35 | ままごと | Comments(0)
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今年のクリスマスは家族だけでこじんまりやることになった。
息子の家で、何を食べたいと聞かれたから。
生の牡蠣をリクエストしたら。孫は鉄板焼きがいいという。
「ええ?クリスマスなのに。。」「簡単だからそれでいい」と息子たちはいう。
そんな風にメニューが決まり。。

私はいつものように薪型のケーキ(ビッシュ・ド・ノエル)を焼いて行った。
知人にさしあげる予定で今年はロールケーキを2本焼く。
蜜柑のオーナメントから思いついて。
ケーキの飾りもマジパンを使わずに、昨夜からオレンジの皮を切り抜いて干しておいた。
ロールケーキをまず焼いて、
薪に見えるようにクリームもカスタードをカカオ90%のチョコレートで染める。
コーティングはオレンジが目立つように白いチョコレートを溶かして塗った。
彩に緑が欲しかったからベランダのローズマリを摘んでのせ。
ローソクも持って行ったのだが、花火を買ってあるからと花火を灯し。
ぱちぱちと光る花火はロールケーキも綺麗に見えて。
演出効果になったねとみんなで笑って食べました。

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by fusk-en25 | 2016-12-25 10:04 | 季節感 | Comments(2)
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フランスには路上の自動販売機はほとんどない。
日本の市街地や、閉店した商店街の前に設置されている路上の?自動販売機を見たら
フランス人ならきっと驚くだろう。
誰も物やお金を盗まないのか?と。。
フランスであんなものが置かれていたら翌日には中身もお金も無くなっている。と言うと思う。
だからと言ってフランスが安全な国でないかと言えば。
人間が普通に暮らしていけるのだから、恐ろしいと思うほどの危険は感じない。
日本人がスリや盗難に合いやすいとは言われている。
観光客が何人かで歩いていると、ついつい外国にいる緊張感がなくなって、
どうしても注意が散漫になる。
ブティックの前でウインドウを眺めて喋っている人たちを見ていると。
私でも簡単に盗めそうだな。と思えるぐらいだ。

30年ほど前に、
24時間品物が買えるのを売り物にした自動販売機が何軒か設置されて。
便利だとか、新しい試みとか言われたものだが。
いつの間にかそれも姿を消してしまった。きっと防犯に問題があるのだろう。
下町を歩いていて「あれまだこんな店が残っている」
と自動販売機のブティック?を見てかえって懐かしくなった。
のぞいて見たら
設置された頃は、ティッシュや合成洗剤、食器洗剤などの簡単な日常品も売っていたが。
今はもう食べ物と飲み物しか置かれてなかった。

反対に、メトロや電車の駅。病院などには自動販売機は増えている。
それも飲み物とスナックだけの小さな自動販売機だが。
駅の構内には防犯カメラも設置されていて盗難の恐れがないからだろう。

私はまだここの自動販売機では物を買ったことはない。
出かける時に必ず水は持っていく。
330ccの小瓶が入る袋をジーンズの端切れに断熱の布を入れて縫って。
水が生ぬるくなるのは嫌だから袋の中に小さな保冷剤を入れている。
ほとんど飲むことはないし。
街のいたるところにキャフェはある。水もそこで飲めばいいようなものだが。
なんとなく一人でキャフェに入るのは気が進まない。
それにキャフェなら水よりビールを飲みたい。。


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by fusk-en25 | 2016-12-24 07:09 | 散策 | Comments(0)

手紙 (暮らし部門)

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昨日から何通かの手紙を書いている。
手紙と言っても手書きでなく。メールの下書きに書いて印刷するだけのいい加減なものだが
それでもメール機構に慣れてしまった今では。
印刷して封筒に表書きをし郵便局に出しに行くのはちょっと億劫な気分になる。
写真も印刷するとけっこう時間もかかる。。
100人近い知人の中でもメールでやりとりができない人はもう皆無に近い。

半年前から音信不通になった友がいた。
最初はメールが来ないのは忙しいのだろうと思っていた。
ひと月ほど前、共通の友人が。
「メールを出しても返事が来ない。返信をしないような性格ではないのに。どうしたのだろう?」
と言い出した。
言われてみれば。。何とはなしに気になって、私も携帯とスマフォにメールを入れた。
届かないとサーバーから言って来た。
さあ気になり出した。あちこちの知人に問い合わせてもわからないという。
小さな会社をやっていて、あまり使ってないと言っていたパソコンに諦めながらもメールを入れてみた。
4、5日してそのアドレスから返事が来た。
ただし本人でなく、一緒に会社をしている人が、私のメールを見つけて、
私信を見た詫びの文面とともに、彼の近況を知らせてくださった。
半年前に脳梗塞になり半身不随で入院しているという。

今年になって親の世代でなく同級生の訃報もちらほら入ってくるようになった。
年齢としてはもう充分に生きているから、そう言うこともありうることだし。
訃報なら寂しいですむ。でも半身不随、加療中にはちょっと困った。
彼は子供もなく伴侶にも7年前に死に別れている。兄弟との付き合いも薄い。
その上、4年前にやっていた会社を潰し、住んでいた家も売ってしまった。
半身不随になって生き残りどんな気持ちでいるだろうと思うと。
前述の心配をしていた友も、「ちょっと気軽に見舞いには行けないなあ」と逡巡する。

何日か思案の末に、入院先の病室宛に手紙を書いた。
「死に損なったね。。」と。
元気を出せとか頑張れとかは言わない。
でも生きているのだから誰かの世話にはなる。周囲の人のために明るい病人になれと。
メソメソした「死んだほうがよかった」などと繰り言をぐちぐち言う暗い病人は周りとしては困る。
死んだほうがいいと言われても殺すわけにはいかない。

そう書いていて。
もしも私が。半身不随になったら。絶対に明るい病人になろうと心した。
友に「演技しても明るい病人をやるから見舞いに来てや」と言ったら。
「行ったる」と言ってくれたのが心強い。





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by fusk-en25 | 2016-12-23 09:32 | 思う | Comments(2)