煌めく光の中で


by fusk-en25

カテゴリ:思う( 81 )

祈りを込めて。。

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6年前の今日。3月11日。
たまたまその日、大使館に出かける用事ができて。
出かけようとしていたら、フランス人の友達から電話がかかって来た。
「日本で大きな地震が起こったみたい」と。
玄関ですでに靴も履いていたから、そのままテレヴィも見ないで、
大使館に行き所用を済ませ。館員に「大きな地震があったそうですね」と尋ねると。
「まだ様子はわからないけれど、阪神の時より規模は小さそうですよ」と穏やかな顔で話された。
それならばと安心もして。。
帰ってテレヴィをつけて、津波のニュースを見て驚愕した。
「考えられない状況が繰り返し報道されていた」

それからもう6年が経つ。

その時から東北復興支援グループを立ち上げた友がいる。
彼女もニュースを見ていたたまれず、すぐにも何かしなければと思ったという。
気持ちは焦っても実際にどうしてやればいいのかと。思案を繰り返し。
単に寄付金をどこかに送るだけでなく。実際に現地の人の欲しいものを
役に立つ形で支援するのはまた難しいことだっただろうと私も想像するが。
持ち前の頑張り方で。ここだと思える相手を見つけ。
周囲を巻き込んで支援グループを作り始めた。
中には金持ちの奥さんたちが遊び半分にやっていると見られたこともおそらく多かっただろう。
しかし。それから6年間、途切れることなくこれを継続してきた彼女とその輪を見ていると。
たとえ支援が終わりになっても(支援が必要でなくなる状況には1日も早くなって欲しいものだが)
彼女たちが築き上げた「輪」は
違う形になって進化して、そこからまた一つ一つの芽が育ち。
いつか広い広い草原になるのではないかと。私には思える。
思えるだけでなく。そうなることを夢見て。。。もいる。

UNITE TOGETHER <友が立ち上げた支援グループの名前です>



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by fusk-en25 | 2017-03-11 11:41 | 思う | Comments(2)

言葉。。

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ここ数日気温こそ10度前後だが、「もうしっぽり。。過ぎる」と思えるほどの雨空が続く。
午後のひととき。一瞬だけ晴れて。咲き始めた近所の椿も輝いていた。

息子が夕飯に来て。。思い出したように。。
孫が「父ちゃん。僕と喋るとき。もうちょっと日本語を使い」と
何を思ったのか、言いだしたらしい。
「ふーん(珍しいこともあるものだ。。。)それで?」
「どうやらなあ。先月のヴァカンスで、スキー教室に行ってたやろ、
教室にフランス語の喋れない日本人とイギリス人の子供がいたそうや。
英語の授業が始まっているから、イギリス人とは簡単な挨拶ができて打ち解けられて。
日本人の子供が話しているのはなんぼかわかってもなあ、
話しかける言葉が出てこなくて、残念やったらしいで」
と孫の状況を説明しだした。

孫と私の会話は赤ん坊の時から私自身はできるだけ日本語を使うようにしているが
彼からはフランス語しか返ってこない。
聞く言葉に反応はしても彼の中に「日本語がプールされてない」からだろうと私は思っている。

孫が5歳の時に日本に家族で帰った。
それまでも孫は私の日本語を聴いて育っている。
彼自身、日本語を完全に理解できると信じ込んでいたらしい。
ところが初日に空き家にしていた実家に私の友達が11人、掃除の手伝いに来てくれた。
友達と私が話す大阪弁を孫は一言も理解できなかった。
滅茶苦茶パニックを起こして。
「なーにも分からへん、もうフランスに帰る」と泣き出した。
その反応には笑ってしまいたいぐらいだったが。。本人の落ち込みには少し可哀想な気はした。
3日目に長くフランスに住んでいた日本人夫妻が遊びに来てくれてフランス語が話せて
トミカのフェアにも行ったので、なんとかその後の4週間は楽しめて。
帰る頃には私と二人で実家の周囲を自転車で回って「右よ」と声をかけると
「はーい」と日本語で答えられるぐらいには回復はした。。

孫の中に日本という国はどういう形になっているのだろう?
もう少し彼の中に日本語が蓄積されて、自発的に話し出すこともあるのだろうか?
などと息子の話を聞いていて。ほんの少しだけ楽しみにはなって来た。


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by fusk-en25 | 2017-03-06 08:29 | 思う | Comments(8)

駆ける。。

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やっと朝帰りから解放されたのだが、まだなんとなくぼんやりして。。
朝の珈琲を飲みながら。。
ウタウタと、何することもなく。。過ごしている。

2泊3日の泊まりの間に
久しぶりに孫のハンドボールの練習を見た。
いつもは練習場の前まで送って行って、帰ってしまうのだが。

チームに入って2年目。
9月から参加者の年齢が全員9歳以上になり。
最少年チーム(9歳から11歳)のリーグに登録され。毎週一回試合もしている。
最初の頃の試合を見に行ったら。
もうぼろ負けで見られた状態でなかったのが
半年も経つと試合にも慣れて来たのか
この日の練習も私が見てもコンビネーションが決まってきたなあと思える動きになっていた。
チームワークも幾らかできて来たのだろう。

それにしても1時間半の間、休みなく子供たちは駆け回る。
若さというか柔軟性というか
見ていても気持ちが良い光景だった。



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by fusk-en25 | 2017-02-25 18:28 | 思う | Comments(0)

竹の皮に包んで。。

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今日は「朝帰り」でした。
朝帰りにも「後朝の別れの。。」のような色っぽいことが組み込まれているなら。。
それもまたいいのですが。
残念ながら孫守りに。息子夫婦に二人とも出張が入ってピンチヒッターの泊まりになって。
朝、学校に孫を送って。その足での朝帰り。
また夕方に迎えに行って今夜も泊まり、翌朝も同じ朝帰りの予定。。
向こうにずーっと居てもいいけれど。どうも手持ち無沙汰で落ち着かなくて。
帰って来てしまう。片道45分もかかるのに。。

お昼ご飯のおにぎりは「竹の皮」に包んでいきました。
ターッパに入れてもアルミ箔に包んでもいいとは思うものも。
竹の皮の軽さや簡便な割にはこのまま食卓に出しても様になり。
しかも防腐効果もあると言うのが好きで。

機内食が嫌いだった夫と飛行機に乗るときは。必ず竹の皮包のおにぎりをいくつか持って。
ピクニックにも竹の皮は重宝しました。
ただこちらには粽にするような笹はアジア系の食料品店にもあるけれど。
竹の皮は見つからなくて、いまだに日本から送ってもらい。
洗っては乾かして、大事に使っています。
それも近頃は日本でも手に入り難いようで。。なくなったら困るなあ。

古の尾形光琳の逸話ではないけれど。
金蒔絵を施した艶やかな竹の皮。それを川に流したように
私も一度くらい花見の弁当に使ってみたいものだと。
その粋な様を想像もして。。


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by fusk-en25 | 2017-02-23 21:10 | 思う | Comments(8)
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ゆらゆらと。。。流れていく春の色。。。。

息子の仕事が終わる時間に待ち合わせて。
セーヌ河、サンルイ島のオルレアン岸に行った。
ノートルダムの後陣が最も美しい形に見えると夫はこよなく愛していて。
2009年の6月に、知人友人と散灰をした場所。

出かける直前に息子が電話をかけて来て「土砂降りやで。。」
夫の祥月命日や散灰記念日には
必ず土砂降りに雨が降ったり、雪が積もったり。河が洪水になったりと天候が悪い。
「いつものことやんか。荒れるのは。。」
と言いながら外を見たら、向こうの方が明るい。。
雨も上がりそうだと思いながら出かけた。

メトロを降りると。雨が上がり。幾分雲が割れて来た。
夜の帳が降りるほんの少し前。束の間の淡い光が冬の木々越しに光って見える。
雨上がりで、大気もしっとりして。。
「まーた雨。と父さんにぼやいたら晴れたん?」と息子と笑う。
いつものように近所のキャフェで珈琲を飲んで。夕飯は一緒に家で食べた。
「暖かいからまだ今年はましやね。。」
祥月命日の献花も8回目。8年がいつの間にかに過ぎた。

穏やかな河面に。。。
ゆらゆらと。。。春の色が流れていった。

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by fusk-en25 | 2017-02-06 08:24 | 思う | Comments(8)
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この焜炉。蝋燭を使ってチョコレートを溶かすものだが、
こんなバカなチョコレートを溶かすだけにしか使えない器具を私が買う筈がない。
何年か前のクリスマスに貰って。捨てるのもなんだから棚の隅に押し込んでいた。

孫が4、5歳の時に「お腹が空いた。おやつにパンを食べる」と言い出し。
ヌテラ(ヘーゼルナッツの入ったチョコレートペースト)を塗ってと言ったが。
あいにくヌテラの買い置きがなくて、チョコレートならと溶かすことにして。
電子レンジでも良かったけれど。遊びのつもりでこの焜炉を思い出して使った。
ままごと気分が楽しかったのか。
やたら喜んで食べるより溶かす量の方が多かったぐらいだが。
それ以来、いつも「蝋燭でチョコレートを溶かす」と焜炉を出させる。

つい先日も溶かしていて。チョコレートをゆるめる為に孫が冷蔵庫から牛乳を出して
どばっと鉢に注いだ。
瞬間「そんなにいっぺんに入れたらあかん」と言おうとして
もう入れてしまったし。まあいいかと黙っていた。
勿論、溶けるのに時間はかかる、ようやく溶けて、パンに塗って食べ終えて。
5分ぐらい経っただろうか。
孫が「今日の僕の失敗は、冷蔵庫で冷えていた牛乳をいっぱい入れたことやな」とつぶやいた。
おお自分でそれが判ったか。
見ていた時は「入れたらあかん」と今にも言いかけていた私。
「あぁ言わなくて良かった。本人が気がついたんや。」
こんな時にいつもなら先に駄目よときっと言ってしまうだろう自分自身を思うと、
なんとなく平安な気持ちに満たされた。

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by fusk-en25 | 2017-02-03 08:53 | 思う | Comments(8)

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寒さが昨日から和らぎ、気温も10度を超えた。
曇ってはいるが。。ベランダの植木にたっぷり水をやり。
一昨日、昨日と寝てばかりいてなまっている体をいくらか動かすつもりで、
近所をゆっくり歩きに行った。

「小さな森の散歩道」と名前だけが?洒落た公園に
緋寒桜なのかアーモンドなのかよくわらないが今頃咲く樹が植わっていて。
もう咲いているかと見に行った。
確かに花は咲いてはいたが、零下の時に凍えたのか、淡いピンクに咲く筈が
なんとも貧相な白茶けたねずみ色とも薄茶ともつかぬ色になっていた。

いつもの半分くらいの速度で歩いていてもまだ体は幾らか心もとない。
寝付くといっぺんに筋力が落ちると言われる筈だなと思う。

2年ほど前の3月に、食あたりをしたのか。インフルエンザが腸に来たのか。
夕飯を食べた後で気分が悪くなり、陀羅尼助を飲んで横になったのだが。
眠れずになんとも気分の悪さが続く。
そのうち体が震え始めて、足もこむら返りのように引きつって来た。
こらあかんなぁ。と息子に電話をかけたら、
救急の医者(SOSメジサンというのだが)呼んですぐ行くという。
まだ震えは止まらない。そうこうする内に消防が来た。
パリの緊急医療は消防がかねることが多い
ちょっとぐらいの気分の悪さなら電話をかけない私の筈。よほど悪いのだろうと嫁が動転して、
息子が家を出てから心配のあまりに救急を呼んだらしい。
消防が来ると病院に必ず搬送される。私自身まだ気分も悪かったし、
こうなると仕方がないと病院に運ばれた。もちろん息子もついて来ている。
出かけに「私。死ぬのかなあ」というと「アホか。腹痛ぐらいで死ぬか」と息子が笑い出した。
でもその時、一瞬、自分でも死ぬのかしら?と思ったことは確かだ。
20代に、もっとひどい食中毒にかかったことがある。
3日ほど上げ下しをして、薬を飲むための水さえ喉を通らない重症で、
医者からも本来免疫力が低い体質だから日常も気をつけるようには言われてはいた。
その時よりはるかに軽症だったのに、
20代なら死ぬか?なんて思わなかったと後で自分でもおかしかったが。
それが年齢というものかと思う。
歳をとっている意識は常にはないが。ことが起こるとふとそういうことも頭をかすめる。
幸いこの時も検査の結果、単にウイルス性の腸炎で。脱水症状が起こって痙攣したのだろうとのことで
嫌いな注射だけされて入院もせずに帰っては来れた。

一昨日のアクシデントの「椅子から落ちた」ことも。
ひょっとすると大ごとになっていたかもしれないと。後になって思い始めた。
これが歳かと、自戒も込めて。。。

そろそろ水仙の芽も出るかと近所の教会の庭にも行って見た。
零下のあおりで芽は一つも出てもいなかったが。
庭の隅のマンサクが、「まずは咲くマンサク」のいわれのように咲き始めていた。
春もいくらか近づいて来るのだろう。。。




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by fusk-en25 | 2017-01-29 08:46 | 思う | Comments(6)
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アクシデントと言えるか?どうか。。。
昨夜 孫のハンドボールの練習を見て、夕飯も息子の家で食べて来た。
帰り道はキンキン冷えると思えるぐらいに寒くて。
家にたどり着いた10時過ぎにゆっくりハーブティを飲み。
あまりの眠さに「宵寝」をしてしまい真夜中に目覚めた。
台所に行って。昼ご飯に持って行ったタッパーウェアを一番上の棚にのせようと。
椅子に上がった。
ドスン。あれっ何があったのだろう。
椅子の座席が抜けて、すっぽり私の体が椅子の脚の間に入っていた。
椅子に上がった時に座席の端っこを踏んで、緩んでいたねじが外れ、ひっくり返ったらしい。
たった50cmほどの高さとはいえ、落ちた事には違いない。
衝撃がどこまで後から体にくるか?と思いながら、
痛み止めのつもりで予防?にアルニカと葛根湯を飲んで寝た。

今朝、目覚めたとき。ちょっと怖かった。
恐る恐る足を動かして見て。身体全体に鈍い痛みはあってもどこかが折れたりはしていない。
ああよかったとは思いながら。今日は大威張りで「なーにもしない。」
4脚ある椅子だけは裏返して、全部ねじを締め直した。
座席が外れそうになっているのも2脚あって。今まで点検しなかったことを悔やむ。今更。。。だが。

終日ぐだら、ぐだらと寝た。
ここ数日睡眠不足もあったが、こんなに眠れるのはやっぱりどこか傷んでいるか?

実は先週の水曜日も。子供達を連れて地下鉄に乗って。
閉まりかけの扉に飛び込んで腕を挟まりかけた。
慌てていたこともあったが。寒さが少し堪えているのか?
要注意と思いながらの。。今回のアクシデント?(私の不注意の所為でないとしても)

こんなことが起こると。
「大難小難」と自分に呪文をかける。
自分でも能天気だなとは思うのだけれど。小さな事故で済んだと言い聞かせる。
精神的に落ち込まない一つの方法?

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by fusk-en25 | 2017-01-27 09:53 | 思う | Comments(8)
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今日は寒かった。
歩いていると、シンシン冷える。
夜になって寒さも増して。帰って来て温度計を見たらマイナス2度。
ベランダの奥まったところでこの温度だから、風の吹きすさぶ戸外ならもっと低いだろう。

久しぶりに、孫のハンドボールの練習を見た。
9歳から11歳の少年リーグだがなんともコートが広く見える。
先日、大人の試合を見たコートと大きさも同じなのに。
ボールまで大きく見えるからおかしかった。

相対的というのか。どんなものもちょっと見方を変えるとちがうのだな?といつも思う。
暖かい国で育てば、ちょっとの寒さにも震え上がるし。
寒い国から来たらこんなものまだ寒いとは言えないと思える。

若い頃、フランスに来たばかりの時。なんと大陸は広いのだろうと。
隣の国までまっすぐ行けるのに感心したものだったが。
その頃知り合ったオーストラリア人のカウボーイだったという若者は。
フランスは小さいと言った。
こまこまと畑を作っているだけで、広い野原がないとぼやく。。
へえーそんなものかとなんとなく「目から鱗」のような気がしたものだった。

郷に従えでもないが。。
それからの私は、どんなこともあまり先入観を持たないことにした。
日本ならこうではないのよと来たばかりの人がぼやくのを聞いていても
「だって、ここは日本じゃないもの」と言いたい気になる。
でもまた外国の方がいいと言うつもりでもなく。良し悪しなんて簡単には言い切れない。
その場で自分がよりいいと言うものを選ぶしかないんだけどなあ。。

子供のサイズなら、同じコートも大きく見えるのを見ていて
なんだかとりとめのないことを考えてしまった。。。


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by fusk-en25 | 2017-01-26 12:51 | 思う | Comments(6)
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1月21日、午前3時。
真夜中の空にぽわっと橙色とも柿色とも見える月が上がって来た。
あぁ、綺麗な三日月。
見とれて写真を写しているうちにどんどん高くなって来て。
午前3時30分。
赤い色も消えて。煌々とした光り輝く月になった。

こんなに遅く。。真夜中に起きていたのは。
宵の口にあまりにも眠くなって寝てしまい。
それもぐっすり4時間も。
いくら深夜が好きだと言っても。これではなあと思うのだが。
目が覚めてからブログを書いて。まだ眠くもなかった(そらそうだろう)
翌日縫う予定の小布の裁断をして、古い布だからもう一度洗って、
居間の暖房機に軽く乾かすためにのせに来たら、
橙色の綺麗な三日月に巡り会えた。
なんとなくウキウキもして。。気分がいい。

何年か前に。
息子に昼間眠くて仕方がないと言ったことがある。
「寝たらええやん」と事も無げに言われて。続きに「なーにも起きてても用事ないやろ」
昼寝をするなんて。。とちょっと気も咎めていたし、
「なーにもない」と言われると腹立たしい気もしないではなかったが。
「そうか、寝ればいいのか。」
何事も自分に都合の良いことはすぐに納得する。
それからは堂々と眠い時は寝ることにした。
ついでに何事もポジティブに考えればいいと自分に言い聞せて。。。
反対に少々眠れなくても、不眠症とは考えない。「眠くないだけ。。」
かなりヤケクソ気味の発想やなあ。とは実は思う。

歳をとってできなくなったことが多いと友人たちは嘆く。
でも60歳を過ぎて出来なくなったことが本当にあるのだろうか?
60歳過ぎて出来なくなったことは、私は20歳の時でも出来なかった。
マラソンの選手にもなれなかったし、水泳もできない。自動車も運転できなかった。
今とおんなじやんか。。
若い頃はガムシャラに物を作ったり、夜更かしが続いてもへっちゃらの顔をしてはいたが
それなりに疲れたし。取りこぼしてきちんと物ができない事もかなりあった。
ただ20歳の頃なら。年齢が原因だとは考えなかった。
やりたくなかったか。やってもできなかったかのどちらかだろう。
むしろ今の方が、あらかじめたっぷり考えてやるようにもなったし。
物を作るのにも叮嚀になった分。できることが増えたような気はする。。
目もいくらかはぼんやりして来て。普通の人ならすぐにでも老眼鏡をかけるのだろうが。
10代の半ばから近眼で、物がぼんやり見えるのになれていると。
少々のぼんやりさは苦にならない。裸眼で本が読めるから、それでいいじゃないか。。

こんな風に常にちょっとだけ自分をごまかして?甘やかせて?
何事にもポディティブな気分で暮らすとストレスは少ないと思えるようになった。
それが歳?なのかもしれない。



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by fusk-en25 | 2017-01-22 08:53 | 思う | Comments(4)