煌めく光の中で


by fusk-en25

お盆に。。

「門徒物知らず」と言われる通りに。。
しかも祖父が浄土真宗の寺の長男だったにもかかわらず。
初盆ぐらいは岐阜提灯を飾ったこともあったが。
我が家は仏様を迎える準備などしたことがなかった。
仏壇を掃除してお盆らしき花を供え、墓参りはしていたかと思う。

もしもあの世というものがどこかにあって、そこから
お盆になると帰ってこられる。
という風習は確かに気持ちの中の思いに残る人たちを偲ぶにしっくりして
いいものだなあとは思う。

去年、生家を処分して、お位牌はこちらに持って帰って、
息子の家に祀ってはいるが。。
そのお位牌の人たち。。本当にそこが居場所になったのかしら?
去年までの住み慣れた家は更地になっていると聴く。
どこかでウロウロ迷っておられるのではないかしら?
などと想像してみるのも、楽しいなんていうと不謹慎かもしれないが。。
ちょっとそんな気分も持ってもみる。

夫の遺灰を置いている場所に。
私に因んだ人たちの写真も一緒に飾っている。
時々、話しかけたりはしても。。
心の隅では彼らが仏様になってしまっているとはどうも思えない。
そんなあやふやなことを思いながら。。それでも「やっぱりお盆やもんなあ。。」と
ささやかな花を摘んで。明かりを灯し、お線香もあげた。


f0221050_09463763.jpeg

[PR]
by fusk-en25 | 2017-08-15 09:54 | 追憶 | Comments(0)