「ほっ」と。キャンペーン

煌めく光の中で


by fusk-en25

糸通し器を見ながら。。

祖母の叔母に小さい頃の高熱が原因で目が見えなくなった方がおられた。
祖母が明治28年生まれだから、おそらく明治の初期の生まれだろう。
目は見えなくても普通に結婚もされて、子供はなかったそうだが。
その家に行くときちんと片付いて、チリ一つ落ちてなかったと祖母は懐かしそうに話していた。
自分で縫い物もされて、そんなことができるのかと不思議に思った祖母は
「どうして縫えますの?」と尋ねたら。
叔母は即座に「お前アホやなあ。手に物さしがついてるやないか」と言われた。
「どんな風にして針に糸が通せたん?」とその話を聞いたときに私が尋ねると。
息を吸って通してはったみたいやと。祖母は答えた。
本当にそうだったかどうかはわからないが、何か工夫があったのだろう。
柄を合わせたりはできたのか?と今になれば疑問もあるが
聞いたときの私はそこまで知恵が回らなかった。
あるとき法事かなにかで、その家に祖母たち姪が何人か手伝いに行った。
夕方になって日が暮れてきて
まだ電灯のない時代だから「手燭。手燭」とランプのありかを皆で騒いで探していると。
目の悪い叔母がクスッと笑って「目あきは不便やな」と言われたそうな。
聞いているだけでその叔母の心意気まで伝わって来る話だと思う。
祖母は目あきが不便だと言われて発奮したのか。
その後。暗闇で歩ける練習をしたそうだ。
お寺に嫁いで、本堂に何か物を取りに行かされた時に。
ランプをつけなくても歩けて便利だったと笑っていた。

電灯がついたときは、部屋の隅々まで明るくて嬉しかったと。
煤で手が真っ黒になるからかランプのホヤの掃除も嫌いだったという。
その頃のことだからおそらく20ワットかそこらの電灯だったのだろうが。
ランプの明かりに比べれば比較できない明るさだったかと想像もしてみる。

縫い物をしていて、ぼんやりとそんな話に思いを巡らす。
私は未だに老眼鏡はかけずに、本も読めるし縫い物もできる。
ただし糸を通すときは、この糸通しの器具を使うとあっという間に通せるので
その速さに逆らいがたく重宝はしている。
いつも針に糸を通すのに手間取って、私に通させていた祖母が
もしも生きていてこの器具を知ったら、どんなに喜んだかなと思いながら。


f0221050_07212267.jpeg

[PR]
Commented by poirier_AAA at 2016-08-28 20:52
わたしは、たぶん目だけでなく体の他の感覚に頼って生きていると思う。洗い物でも縫い物でも目ではなくて指先でやっているような気がするのです。(だから目数を真剣に数えなければならないクロスステッチは苦手)目が見えなくなるのは困るけれど、ひょっとしたら触覚や聴覚をなくすほうがもっと困るかもしれないなどと考えることがあります。
Commented by fusk-en25 at 2016-08-28 21:38
> poirier_AAAさん
この記事を書いた後で、大叔母は観察して想像ができない。
だから感覚に頼るしかない。一つのことを無くした人は残った感覚がより生きるのか?と
当たり前ように思っているけど本当はどうなのかと考え込んでしまいしました。
Commented by nature21-plus at 2017-02-16 19:54
ああ!はさみが凄い。。
Commented by fusk-en25 at 2017-02-16 22:16
> nature21-plusさん
握り鋏に勝るものはない。。私の必需品なのですが。
使いやすいものほど、先が欠けて。。。嘆いています。
by fusk-en25 | 2016-08-28 07:26 | 追憶 | Comments(4)