煌めく光の中で


by fusk-en25

大量の古いシャツを。。

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息子が大量の古いシャツを持ってきた。
もう着ないから何かに使えるかと思ってと言うのだが。。。
数えたら20枚あった。

反対に私が何か古いものを使えそうだから「持って行かないか?」と尋ねると。
「僕の家はゴミ箱と違うで。物は要らん」なんて憎たらしいことも言うのに。。

そうは言うものの。さて布地を前にすると。。
何かに使えるか?と思案するよりも。
俄然「こんな物を作ろう」と思ってしまえるところが
また楽しい。
まず一番簡単な使い道。。。エプロンにして。。それを入れる袋も縫って。。。
中にはまたひどい赤色やなあなんて思う物もあるが。
好きなブランドの布なら、
「これはこんな風に使って」と妄想もたくましくなるから自分でもおかしい。
まず洗ってと言うと。
「全部洗ってあるで」と息子は文句を言うのだが。
洗ってあっても長年着なかったもの。クロゼットのゴミも湿気も付いている。
だから早速3回に分けて洗って干した。


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# by fusk-en25 | 2016-09-27 06:49 | 手仕事 | Comments(2)

ベランダの草も。

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ベランダの草花が生き生きしてきた。
今夏は晴天で気温も高かったからか、大気が乾燥しすぎたのか
どの草もそれぞれ生育が悪かった。
ミントは半ば枯れたようにひしゃげるし。時期になってもバジルも伸びない。
青紫蘇なんかははらはらと葉っぱが落ちてしまう。
その割に虫は付くのが癪の種だった。悔しい思いをしながら、ぼやきにぼやいていたら。
ここ1週間ほどの雨模様で湿り気を含んだ空気に植物が反応したのか。
ミントも金蓮花も花をつけだした。ルッコラもすくすく伸びる。
薩摩芋の切れっぱしを水につけて置いたら、小さな芽が出て蔓も伸び出した。
中でもスプラウト栽培にして若葉をサラダにしようと思っていた蕎麦はグングン伸びて
小さな真っ白の花をたわわにつけた。赤い小さな実までが所々についている。
こうなるととても食べる気にはならない。
花を愛でる方が嬉しい。
もともと野草の花とも言えないような花が好きだから余計だろう。

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# by fusk-en25 | 2016-09-26 09:51 | 草や花と遊ぶ | Comments(2)

デザートと前菜?

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夕飯に息子と孫が自転車でやってきた。
片道約8km。私ならほぼ35分から40分の距離を今日は1時間20分かかったと言う。
途中で休んだり。遊んだり?しながらきたらしい。

前菜とデザートはあらかじめ作っていた。
コーヒゼリーと出始めた小さな林檎の芯をくりぬいて
ほんの少しのきび砂糖とウイスキーに漬け込んだ干しぶどうを入れて焼き。
前菜には春菊の胡麻和え。
芋サラダのマヨネースも作り。
絹さやのおかかまぶしと並べておいた。
主菜に鶏の唐揚げや海老やキクラゲの入った豆腐も揚げたのだが
ぼんやりしていたら写す間もなく、すっかり無くなった。

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# by fusk-en25 | 2016-09-25 09:23 | ままごと | Comments(0)
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「秋日和」が続いている。
気温は23度。快晴の青空。。。嬉しくてたまらない。
例年より5度も気温が高いと言う。
冷夏の年なら、もう今頃はすっかり晩秋でセータを着込むところだが、
今年はまだ麻や綿のサマーセータをTシャツに重ねて着ている。

それでも本来の季節はいくらか動き始めているのだろう。
公園に栗がびっしりなっていた。
この公園は2006年に出来上がって、まだ樹木も鬱蒼とまではいかないが、
10年を経てようやく落ち着いてきた感じがする。
2本ある栗だけは最初から毎年たわわに実をつけて。
こんなに実って大丈夫かしら?と心配になる程だし。
公園のことだから誰も実を採りもしないのに、
落ち生えにもならないところをみると朝早く?起きる小鳥や小動物が食べているのだろうか。
フランスの森や公園、街路樹は小動物や小鳥の生息場所が少なくなるのを懸念して、
実のなる樹木をわざわざ植樹していると言う。

綺麗な落ちたばかりの松ぼっくりが転がっていた。
家には、もう毎年幾つか拾う「松ぼっくり」が山ほどあるのだが。
それでも新しい松ぼっくりを見つけるとどうしても手が出る。
「今年の新松ぼっくりだから」と言い訳してやっぱり何個か拾ってきた。

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# by fusk-en25 | 2016-09-24 06:22 | 散策 | Comments(0)

仏様をダシにして。。。

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暑さ寒さも彼岸まで。。のお彼岸の中日。
今年は例年になく暖かな9月になった。
毎年、今頃の季節はまだセントラルヒーティングが作動せず。
「寒い、早く暖房が入ってほしい」とぼやくことを思えば。
今年のような晴れ間の多い暖かな日々は本当に助かる。
「秋日和はいいねえ」と季節を愛でてやりたい。

仏様をダシにして「おはぎ」をこしらえた。
50歳を過ぎた頃から小豆のアレルギーになったから
小豆の餡子は使えず、代わりに乾燥豌豆にほんの少し抹茶で色付けした餡を炊いた。
圧力鍋で豆を炊くとき一緒に薩摩芋の輪切りも入れて煮た。
その間に炊飯器でもち米を炊いて。
豌豆ときな粉の2種類のおはぎを作り、輪切りの薩摩芋は半分に薄く切りなおして
きび砂糖をちょっとふりかけて、こんがり焼き目もつけた。
薩摩芋やパンや餅も焼き目がつくと同じものでも美味しいように見える。

ちまちまとしたこんな小さなおはぎを見たら。
姑だったら「まるでお人形さんの食べ物やなぁ」と笑うだろう。
舅が次男だったから分家の形になっている家には、姑が生きている間は仏壇がなかった。
それなのに姑の作る二つも食べればお腹がいっぱいになるような
大きな「おはぎ」を覚えているのは何故だろう。
お彼岸には必ず作っていたような気がする。
「おかあさん。いつもよりもうちょっと小さい目のをつくりましょうね」と言うと。
「そうするつもりや」と必ず答えるのに、できあがったおはぎを見ると。
「もうまた」と言いたいようないつもの大きさだった。
ご飯を握って餡子をまぶしつけたらやっぱりこんな大きさになったと本人も苦笑していたが、
今になるとあんなたっぷりのおはぎも懐かしい。

穏やかな「秋日和」の午後、近所の公園に行ったら秋明菊が今を盛りと咲いていた。

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# by fusk-en25 | 2016-09-23 07:01 | ままごと | Comments(0)

田毎の月?

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ここ数年の冷夏気味の夏よりはるかに夏らしい開放的な気温だった今年。
快適な残暑に続いて先週の雨で大気の乾燥も和らぎ、
清々しい「秋日和」と言えそうな日になった。

名月の時期だから満ち欠けしても「お月さま」と言いたいような毎夜綺麗な月なのだが
それがまた綺麗には写ってくれないと腕の悪さを棚上げしてぼやく。
せめて、ならば「月」を素材に遊ぼうかと「田毎の月」をこしらえてみた。
豆腐はアジア人街の店で買った。
充填豆腐が主に売られているが、私は普通の?硬い目の豆腐の方が好きで、
もっとも豆腐らしい物を選ぶことにしている。

豆腐をスプーンでくり抜いて、中にうずらの卵を入れて、薄味の出汁で煮た。
食べる際にほんのりと出汁醤油を作ってかけた。
わざわざこんな物を作るまでもないなあとは思いながら。
季節の遊びと割り切って楽しめばいいかと思ってみたりもする。

平安期の真っ暗な「真の闇」とも言える暗さの中で
月が輝く明るさは今の時代からは想像もできない光や明かりであっただろう。
月を愛でる気持ちも今よりもっと深かったに違いない気がすると友と話していた。

残った豆腐はキクラゲを入れた揚げ豆腐と
煮物に使うつもりで薄揚げ風にも揚げて冷凍した。

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# by fusk-en25 | 2016-09-22 08:49 | ままごと | Comments(4)
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夜なべに煮たトマトをお昼に食べた。
ベランダのバジルをたっぷり散らし。
買ってきたばかりのパルメザンチーズをすりおろさずに大きい目に薄く刻んでかけた。
塊のパルメザンのいい匂いがからまって、美味しかった。

ここに住みだしたのは1979年だが、その前の1973年にも1年間。
パリから南仏にかけて放浪のような暮らし方をしていた時に、
1歳半の息子も連れてミラノに行ったことがある。
どういう経路で行ったのかはもう忘れたが。
確かその頃、学生用のIDカードを持っていて。
学生なら安く乗れる飛行機でロンドンに行くのにミラノからの飛行機しか見つからず
住んでいた南仏から電車に乗ってミラノまで行き。
そこからロンドンに飛んだのだと思う。
せっかく行くからと勿論ミラノにも5泊ぐらいした。
その頃お金はなかったけれど、
時間だけはたっぷりあったから変な経路で旅行したことは何度もある。

ミラノの話に戻るが、
宿もミラノ駅のインフォメーションでペンションを紹介してもらった。
その頃のヨーロッパのペンションは下宿屋と呼んだほうがいいぐらいの
自宅を1部屋か2部屋貸しているのがほとんどで。
変な安いホテルに泊まるよりそんな下宿屋のほうがよほど清潔だし、家主も親切だった。
ペンションは食事付きではないから、近くの安い店を必ず家主に尋ねることにしていた。
その時の家主のおばさんは「うちの前のマリオの店が一番」と言われて。
麺好きの夫と私はまずはスパゲッティを食べるつもりで。
メニューを見たらトマトとミートソースの2種類しかなくて。
トマトを頼んでみたら生に近いトマトのソースがかかっていて。
それがまたものすごく美味しかった。
夫と私は1皿づつおかわりを頼んで2皿目もぺろりと食べた。
1歳半だった息子もたしか半皿ぐらいは食べたと思う。

翌日の昼にもマリオの店に行った。
頼んだのは勿論トマトのスパゲッティ。
すると出てきたスパゲッティは前日の2倍量が盛られていた。
マリオが出てきて
「昨日は日本人だからと思ってちょっと少なめに盛ったからね。」
と言うではないか。

その夜もまたトマトのスパゲッティを食べに行った。
ミラノ風仔牛のカツレツも食べたとは思う。

その後1979年にパリに再び住み始めてから、何年か後にミラノへ夫と息子とまた3人で行った。
1973年から数えると10年は経っていたと思う。
前に泊まったペンションはもうやってなくてホテルに泊まったが
マリオの店を探してみた。
全くうろ覚えでおそらくここら辺だろうと見当をつけて行ってみたら。
まだマリオの店はやっていて、マリオも健在だった。
勿論トマトのスパゲッティを食べたことは言うまでもない。その時も大盛りが出てきた。


1973年当時。子供連れの日本人などまだ少なくて
ミラノに行く列車の中で乗客から珍しがられて。何枚か写真を写されたことがあった。
浜辺はその頃住んでいたサン・ラファエロの海岸。毎日のように砂遊びをしていた。

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# by fusk-en25 | 2016-09-21 09:14 | 追憶 | Comments(6)